番外編 ひらひら
智夏が小学2年生、春彦が小学3年生の春のお話です。
それは遠く懐かしい、過去の記憶。
「あの子が故郷に帰っちゃって、寂しいんだろ?智夏」
「べ、別に寂しくないし!静かになって清々したもんね!」
桜並木の下を、兄の春彦と2人で並びながら家路についていた。
いつもは春彦は友達と遊びに行ってしまって、僕は一人でこの道を歩いて帰っていたから、なんか変な感じだ。
普段と同じ道のはずなのに、短く感じてしまう。
家には母や秋人がいて、春彦と2人きりという状況があまりなかった。だからだろうか。この時間がもう少し長く続いてほしいって思ってしまうのは。
「エレナちゃん以外にも友達つくれよ?」
「エレナ以外にもちゃんと友達いるし!兄さん、超失礼なんだけど」
「えぇ!?本当かー?」
自分よりちょっぴり背の高い春彦を見上げながら、必死に抗議する。
「休み時間によく目が合うし!体育の時だって毎回、ペアになってるし!」
自分で言ってて、「あれ?これ友達っていうんだっけ?」という疑問が湧いてきた。けど、ここで止まったら負けな気がする!何と戦ってるかはわかんないけど!
僕の剣幕に押されて、春彦は「そ、そうか」と頷いた。
「今度その友達、家に連れて来いよ!それでもっと仲良くなるんだ!」
桜舞う日差しの中を、くるりくるりと回りながら春彦が笑った。
「家に連れてきたら、父さんが怒るんじゃない?」
「あー、そっか。そういうの、父さん嫌いだもんなー」
父さんは親のくせに子供が嫌いで、特に騒がしい子が嫌いだ。でも、誘おうとしている子は大人しいから大丈夫、かな?
でも、うちにはゲーム機とか、皆が持ってるやつはないしやっぱりつまんないかな?
「兄さんはさ、ゲーム機とか欲しくないの?」
うちは今どき珍しいくらいにゲーム機が一台もない。今まで特にほしいとも思わなかったけど、友達を作るためには持っていた方がいいのかな?
「んー。この前、友達に借りてテレビゲームをやったけど、俺は体を動かす方が性に合ってるから、いいかなーって」
「兄さん、下手くそだったんだ」
「なっ…」
だいたい、そういう言い訳をする人は下手くそだって相場は決まってるんだ。
「俺だって練習すれば必殺技とかバンバン撃ってだな…。……よし!こうなったら俺たち2人でゲーム機を買おうぜ!」
「えぇ?」
親に頼んでも買ってくれないだろうから、自分たちで買おうと。兄さんはこういう、突拍子もないことをよく言うよね。まったく、振り回されるこっちの身にもなってほしいよ。
「ゲーム機っていくらするかわかって言ってる?」
「わからん!でも、買う!おーっし、やる気出てきたー!」
こうなったら現実を叩きつけるしかないな。
「はぁー。兄さん、いま貯金どれくらいある?」
「貯金?俺は金があったらすぐ使うタイプだ」
「はいはい。つまりゼロってことか。僕の貯金が多分、5千円くらいあるから…」
「智夏は貯金できて偉いなー」
よしよしと頭を撫でてくる手を、ぺいっと引き剥がす。たった1コしか違わないのに、秋人と同じ扱いを受けるのは、なんか……嫌だ!
「でも、5千円じゃ買えないよな…」
「そうそう。だから諦め、」
「だったら貰おうぜ!」
「…はぁ?」
貰うって、買うよりハードル上がってないか?我が兄ながら、本当に何を考えているのかさっぱりわからん。
「わらしべ長者って知ってるか?」
ひらひらと降ってきた桜の花びらを空中で捕まえて、僕に見せてきた。
「持ってたわらを物々交換していって、最後にお金持ちになるっていう、あれのこと?」
「そうそれ!それをやってゲーム機を貰うんだ!」
「そんなのできるわけ…」
「できる!できるって信じれば、なんでもできるんだよ、智夏!よし、そうと決まれば行くぞ!」
僕の腕を引っ張りながら、桜並木を駆け抜けていく。
この後、一週間かけて物々交換をいろんな人と行い、最初はえんぴつ一本だったのに、ついにはゲーム機を貰ってしまった。
「本当に貰えたね…」
かなり古いゲーム機で、皆が持っているものとは違うけど。一週間、春彦と一緒に走り回ったのはとても楽しかった。
「だから言ったろ?信じればなんでもできるって」
「うん!」
1週間前まで咲いていた桜はほとんど散ってしまったけど、思い出はちゃんと心の中にある。
「そういえば聞いてなかった。友達の名前はなんて言うんだ?
あの、狐みたいな細い目の子の名前は―――
「それは――」
~執筆中BGM紹介~
機動戦士ガンダムSEEDより「FIND THE WAY」歌手・作詞:中島美嘉様 作曲:Lon Fine(COLDFEET)様




