負けんなよ
ドリボから家に帰る途中で、彩歌さんとカンナを置いてきたことに気付いたが、スマホに「私たちもあの後、出たから大丈夫」「戻ってくるんじゃないわよ」とそれぞれから通知が来ていた。
返事と謝罪を入れて、玄関の扉を開けると、いつもと同じように冬瑚が飛び込んできた。
「夏兄おかえりー!」
無邪気に抱きついてくる妹を抱きしめ返して、その温もりに癒される。さすがに一日で色々ありすぎて、家に帰ってきた途端、どっと疲れが襲ってきた。
「夏兄、元気ない?」
俺が疲れているのを察して、冬瑚が頭を撫でてくれた。天使だな。
「ドリボに呼ばれたのって、厄介事だったんだな?」
秋人もわざわざ玄関までやって来て、腕を組みながら壁に寄りかかって聞いてきた。
そりゃ、朝から香苗ちゃんと2人で血相変えて家を飛び出したんだ。何かあったって考えるのが普通だよな。
2人には、きちんと伝えなければ。香苗ちゃんの口からじゃなくて、俺から伝えないと。
「うん。冬瑚と秋人に、辛い思いをさせるかもしれない」
「「いいよ」」
相当に覚悟を決めて、弟妹2人に言ったのだが、なんと即答で「いいよ」と返ってきた。冬瑚も秋人も、俺の目を真っすぐ見ながら、躊躇う素振りもなく言った。
無駄に入れた気合がしおしおと抜けていき、頬が緩んだ。
「…。とりあえずリビングで話すよ」
手を洗ってリビングに入ると、冬瑚と秋人が夕食をテーブルに並べている最中だった。
「腹減ったから、飯食いながら話そーぜ」
「賛成」
そういえば朝から何も食べてなかった。思い出した途端に腹の虫が鳴り始めた。
腹が減ってはなんとやら、だな。
食器を出すのを手伝っていると、冬瑚が胸を張って素敵なことを言ってくれた。
「夏兄を冬瑚が守ってあげる」
と、冬瑚…!
「しょーがねぇから僕が兄貴と冬瑚を守ってやるよ」
あ、秋人まで…!
心の底から湧き上がるこの感情をどうしてくれようか。
「冬瑚、秋人…。抱きしめていい?」
結論、愛しい弟妹を抱きしめる。
「いいよ~」
「僕はやだ」
返ってきた答えは正反対、けれど同じ優しさを持つ2人をぎゅっと抱きしめる。
夕食を食べながら、明日、根も葉もない記事が出ることを冬瑚と秋人に伝えた。
「ってことは、僕にちょっかいかけてきた変な男と、冬瑚に接触してきた変な女が関係してそうだな」
びっくりするほど冷静だった。秋人はこうして推測できるくらいに冷静だし、冬瑚に至っては「ふーん」で終わったからな。
「2人とも……その、大丈夫か?」
俺の問いかけに、秋人と冬瑚が顔を見合わせ、先に冬瑚が話し始めた。
「信じてほしい人には、「あれは間違った記事だよ」って言っておくから、大丈夫だよ。他の人にどう思われようと、冬瑚は気にしないよ?冬瑚の好きな人に、信じてもらえたら、冬瑚はそれで十分なの」
冬瑚には難しい話かと思っていたのだが、しっかりと理解していたようだ。
「俺から田中に津麦ちゃんにも伝えてくれるように話はつけとくから」
「うん。じゃあ冬瑚、お部屋に行ってるね!」
「あ、あぁ」
やけに気合を入れて部屋に行くんだな…。
ポニーテールを揺らしながら部屋に戻る冬瑚を見送って、秋人に目を向ける。
「もしかして兄貴、僕の心配なんてしてる?」
「当たり前だろ。記事では名前こそ書いてないけど、俺も秋人も殺人犯扱いされてるんだから」
「ハッ、兄貴は自分の心配でもしてろよ」
「そんな言い方…」
突き放すような言い方に、眉を寄せる。
「僕もだいたいは冬瑚と同意見。周りの奴らが嘘の記事を信じなきゃそれでいい」
「だいたいは?」
「僕の周りにそんな記事の内容を信じる奴はいないってこと。兄貴もそうじゃねぇの?」
「……言われてみればたしかに」
田中も鈴木も井村も玉谷もエレナも香織も誰も信じないだろうな。クラスメイトも信じないだろうし…。もしかして、学校では普通に過ごせるのでは?
うわ、なんで俺、こんな簡単なことに気付かなかったんだろ。
「ありがとな、秋人。おかげで元気出た」
「僕も冬瑚も兄貴も、良い人属性だろ?だから大丈夫なんだよ」
「良い人属性?」
なんだその属性。
「他人に恩を売りまくってるだろってこと。兄貴なんて特にお人好しだから、腐るほど恩を売ってるだろ。それが役に立つときがやって来たんだ」
言い方がかなり悪いけど、つまり「情けは人の為ならず」ってことか。人にした親切はいずれ自分に返ってくる。
「そうだったらいいなぁ」
「なぁ、兄貴」
「うん?」
「負けんなよ」
負けんなよ、か。
「もちろん。勝とう、みんなで」
「……頭、撫でんな!」
「えー?」
不器用にエールを送ってくれた弟を全力で可愛がる。最終的に部屋に逃げられるまで、なでなでし続けたのだった。
~執筆中BGM紹介~
憂国のモリアーティより「ALPHA」歌手:STEREO DIVE FOUNDATION様 作詞・作曲:R・O・N様




