バカって言って
「御子柴智夏は唯一無二の作曲家です。彼を今後『月を喰らう』で起用しないのならば、映画の公開は許諾できません」
「えぇ!?」
あ、しまった。
「智夏のバカ!隠れてるんだから声出しちゃダメでしょ!」
「カ、カンナちゃん!声が大きいっス!シーっ」
「いやもうバレてるからな?」
原作者の鷲尾先生の衝撃発言に思わず声が漏れてしまい、カンナがそこそこデカい声でそれにツッコみ、さらに手遅れなアドバイスを彩歌さんがしているところに、社長がニヒルな笑みを浮かべながら俺たちを覗き込んだ。
ちなみに俺たちが隠れていたのは、会議室の余った机の下だ。3人で一つの机の下に小さくなってしゃがんで隠れていたのだ。
「こーんなところで何をやっているのかな?3バカトリオ」
「「「3バカトリオ…」」」
そもそもなぜ俺たちがここにいるのかというと…
――――――――――――――――
「夏くん、ちょっと先に行っててくれる?」
「……わかった。犬さんと少し話してくるよ」
「うん」
社長室で香苗ちゃんたちと別れて、チーム夏くん(香苗ちゃん命名)のメンバー達の元へ向かい、仕事の話をしていたのだが。
「この部分を和音にしたらどうかと思、」
「智夏!」
バァン!
ドアが破れますって。
「毎回毎回、ドアを壊す勢いで入ってくるのをどうにかしろよ、カンナ」
「わざとじゃないわ」
「わざとじゃなければなんでも許されると思ってるだろ」
「へて?」
てへ?じゃなくて、へて?って。何その反応。やっぱりわざとなの?そういうことなの?
「ふぇ~、カンナちゃん待ってー。早いっスよー」
「彩歌さん!?とりあえず、水をどうぞ」
「ありがと、智夏クン」
彩歌さんはドリボに来たことはあれど、この防音室に来たことは初めてなので少し驚いた。が、息が切れていたので、驚きよりも先に水を提供せねば!と思い至ったのである。
「智夏!私のときと反応が全然違うじゃない!いくら彩歌先輩が彼女だからって、差別よ差別!」
「カンナが普通に入ってこないのが……ん?いまなんて?」
なにか、重要なことを言っていたような気が…。
「差別よ差別!」
「その前」
「彩歌先輩が彼女だからって」
「そう、そこ!」
カンナには彩歌さんと付き合っていることを言ってなかったはずだが。考えられる可能性としては…。
「もしかしてエスパーだったりする?」
「そうなの、実は私エスパー……なわけないでしょ!」
おー、ノリいいなぁ。
最近アニメに出演する本数が増えて、イベントの司会とかラジオ番組とかをやるようになってこういうノリが良くなってきている。カンナも成長してるんだなー。
「ちょっと、親みたいな目で見るの、やめてくれる?」
「ごめんねぇ」
「腹立つわー」
カンナと小競り合い?をしていると、水を飲んで息が整った彩歌さんが参戦してきた。
「智夏クン、私のこともからかってほしいっス」
「え!?」
「一回、バカって言って欲しいっス」
「嫌です」
「なんでよ!私には何回もバカバカ言ってるじゃない!」
「そうなんスか!?羨ましい…」
「そんなことを羨ましがらないでくださいよ」
「おっほん!お三方?他の皆は仕事中だから、いちゃつくのは他所でやってね?」
その言い方だと、俺が女性を侍らせているかのよう…。
「すみません、お騒がせしました。とりあえず、空いてるとこに行こう、2人とも」
「「はーい」」
なんの用もなしに遊びに来るのはカンナならよくあるけれど、彩歌さんが用もなく来るとは思えない。いや、会えて嬉しくはあるんだけど。そういうことじゃなくて。
休憩室に行くと、俺たち以外誰もいなかった。
うん、ここならちょうどいい。
「2人とも、記事のことを聞いたんじゃないの?」
このタイミングで同じ事務所の2人がやってくる。しかも、2人とも空元気というか、無理してでも明るくしようとしているというか。
「エ?エーット…。ちょっと飲み物買ってくる!」
声裏返ってるぞ、カンナ。
短距離走選手のような勢いで飛び出していったカンナは、多分気を回してくれたのだろう。
休憩室で彩歌さんと、2人きり。
「聞いたっス。カンナちゃんと私だけ、事務所の社長に呼び出されて。記事の内容も読んだよ」
「酷い内容でしたよね?あんな根も葉もないことをさも事実かのように書かれるなんて。参っちゃいますよ」
「うん」
「いやー、許せないですねー」
「うん」
俺の頭に手を回して、そっと肩口に引き寄せられた。
本音を言ってもいいよ、と言われているみたいで。涙みたいにぽろぽろと言葉が零れてきた。
「こんな記事を書いて何が楽しいんでしょうか。悔しいし、悲しいし、腹が立つし、つらいです…。あの父親のことを、昔のことを否が応でも思い出してしまう」
彩歌さんの手が俺の頬を包み、正面から向き合う。
「大丈夫、乗り越えられるよ。だって私がいるもん……って言えたらよかったけど、みんながいるから、大丈夫っス。絶対、大丈夫」
スーっと、頭の中にかかっていた靄が晴れていくような気分だった。
「彩歌さ、」
バァン!
「智夏!彩歌先輩!……あ、ごめん」
あっぶねぇ。いま、無意識のうちにキスしようとしてたー!カンナがが割り込まなかったら絶対キスしてたー!いや、彼氏彼女なわけだし、別にいいのでは?
「どした?」
「さっき、聞いちゃったの!これから智夏のことで会議をするって!智夏、やめさせられちゃったらどうしよう~!」
「どうしようって…、どうしようね?」
フリーで活動でもしようかね?
「ど、どどどうしようー!先輩なにかいい案ない!?」
「ふぇ!?と、とりあえず、会議の結果次第っス」
「じゃあ会議室に忍び込みましょう」
「「え!?」」
「え!?じゃないわよ。善は急げって誰かが言ってたでしょ!」
こんな感じで3人で会議が始まる前に会議室に忍び込み、隠れていたのだった。
~執筆中BGM紹介~
十二大戦より「ラプチャー」歌手:Panorama Panama Town様 作詞・作曲:岩渕想太様




