デリカシー
今回は香苗ちゃん視点でお届け。
明日発売の週刊誌に夏くんのことが書かれていると社内で知っているのは、私と社長と夏くんの3人だけ。でも今日中に全社員に周知して、徹底的に情報統制するのだろう。
なんでうちの子がこんな目に…
腹の奥で煮え滾る激情を抑えるのもそろそろ限界に近い。
「夏くん、ちょっと先に行っててくれる?」
「……わかった。犬飼さんと少し話してくるよ」
「うん」
夏くんが社長室から出て行くのを見送ってから、親友であるナギちゃんに詰め寄った。
「これ、出版できないようにできないわけ?」
「無理だ。私にそんな権力はない」
「ナギちゃんになくても、友達にはあるんじゃないの?」
財界の重鎮やら政治の中枢やら、いろんな人たちと飲み友達なのだ。彼らにそれができないとも思えない。
「そんなにおいそれと使っていい繋がりじゃない。それに、前に一度、智夏のことで力を借りている」
二度目はない、か…。
記事は明日出てしまう。いろんな人たちの目に、晒されてしまう。
夏くんは本名で活動しているから、同じ学校の人たちには『作曲家M』が夏くんだってすぐにわかっちゃう。秋くんも冬ちゃんも、兄が夏くんだって学校の人たちは知っているから、酷いことを言われてしまうかもしれない。
「どうしよう、こんな記事のせいでもしもあの子たちが傷ついたら…」
「香苗…」
「守れない。私じゃあの子たちを守れない…」
バァン!
「話は聞かせてもらったー!」
社長室の扉をぶち破らんばかりの勢いで入って来たのは、夏くんと同級生で、声優の女の子だった。
「カンナ!またお前はノックもなしに、」
「さっき、うちの社長から智夏の記事が出るって聞いて、急いでここに来たの。どうやら本当だったみたいね」
「あいつはまたベラベラと余計なことを…。カンナ、聞いたのはお前だけか?」
カンナちゃんの事務所の社長とナギちゃんは顔見知りで、私も会ったことがある。見るたびに髪色が変わる不思議な人だった。発売前の記事を入手し、なおかつカンナちゃんにそれを教えるなんて、相当…
「あ、いや、もう一人…。事務所の先輩も一緒に」
「事務所の先輩?」
コココンッ!
「失礼します!」
高速ノックと共に扉を開けたのは、私のもう一人の娘のような存在。
「彩ちゃん!」
息を上げて、髪もぼさぼさで、ここまで走ってきたことがわかる。夏くんのことを、私と同じくらい大切に思っている、彼女だった。
「2人って知り合いだったんですか?」
カンナちゃんが不思議そうに私と彩ちゃんを見ていて、そういえば2人は付き合っていることを周囲に内緒にしていたんだと思い出した。
どう言い訳すべきか…。
「私、智夏クンと付き合ってる」
「………ぬぇ?付き合ってる?智夏と彩歌先輩が?ふぇぇぇぇえええええええ!?」
「カンナうるさい」
彩ちゃん、しれっとカミングアウトしちゃったけど、よかったのかな?だって、
「カンナ、智夏のこと好きだったよな?良かったのか?」
ちょっ、ナギちゃんデリカシーなさすぎ!
彩ちゃんも初耳だったのか、ぎょっとしてカンナちゃんを見た。
「あー…。私は、智夏に告白して、振られたから。もう、想いはない。けど友達であることに変わりはないよ」
「そうか。ま、若いんだからたくさん恋愛すると良いさ」
「なんかその言い方、尻軽みたいで嫌なんだけど」
血みどろの戦いになるかと身構えたが、どうやら平和的解決になりそ…
「でも、智夏の初めて(の告白)は私がもらったわ」
「はじ…!?カンナ、それは一体どういうことっスか!?」
「えー、ナイショ」
「こら2人とも、そんな話をしにここまで来たわけじゃないだろ」
ナギちゃんが2人を止めたが、私は知っている。この話題を最初に振ったのはナギちゃんだということを…。
「そうそう。高校のことは任せて!私の親衛隊もいるし」
「むむっ。ちょっと悔しいけど、学校のことはどうにもできないから、智夏クンのことは頼んだっス」
こういうところが大人なのよね、と彩ちゃんを分析する。もっと「私の彼氏をよろしく」くらい嫌みったらしく言ったらいいのに…。まぁ、それをしたら彩ちゃんじゃないけど。
「先輩は大人ですね。……智夏は多分、私の助けなんてなくたって大丈夫ですよ」
「え?」
「だって、いま高校でそんな記事を信じる人なんていませんから。智夏は自分で揺るがない信頼を築いてる。私みたいな友達もたくさんいる。だから大丈夫」
まさか年下の女の子から励まされるなんて。
そうよね、夏くんだけじゃない。秋くんも冬ちゃんも、私よりずっと強い。
「ナギちゃん、各所への説明は今からよね?私も行くわ。……そういうわけで、彩ちゃんとカンナちゃんは夏くんに「香苗ちゃんは旅に出た」って伝えてきてちょうだい」
それぞれがやれることをやるだけよ。
私は私にできることを。
~執筆中BGM紹介~
不滅のあなたへより「PINK BLOOD」歌手・作詞・作曲:宇多田ヒカル様




