スイッチ
前回、投稿日と投稿時間ミスりました。書いた勢いそのままに投稿してしまいました。混乱された方、申し訳ございませんんんん!
「優さん、こっちこっち!」
ファミレスの軽快な入店音と共にやってきた女性に、立ち上がって手を振る。
友達、家族、恋人など夕食を食べに来た人たちでごった返す店内の中で、1人でテーブル席を占領するのは居心地が悪かったため、待ち人が着た途端に大きめの声を出してしまった。突然、声を上げた俺に注目が集まるが、それも一瞬のこと。すぐに俺の存在なんて忘れて、おしゃべりに花を咲かせている。
入り口から真っすぐに向かって来る女性の名前は『優』。
これが本物の名前なのか、あだ名なのかわからないが、出会ったときにそう呼べと言われたのだからしょうがない。
「なんでよりによってファミレスなんか……」
俺が取ったテーブル席の周囲は、彼女の苦手な家族連ればかりだった。
顔を合わせて開口一番に文句を言われてしまった。
「そりゃあ俺だって夜景の見えるバーとかで優さんに会いたかったよ?でも、未成年だし、俺」
社会的にもお財布的にもファミレスが妥当だ。
俺の言い訳を軽くスルーしつつ、向かいの席に腰かけ、店員にコーヒーを注文する。薄く化粧こそしているものの、不健康そうな顔色は隠せていない。
「今日は一段と顔色が悪いね」
出会ったときからずっと顔色は悪いが、今日は特にひどい。その理由に心当たりがないわけではない。というか、むしろそれしか思いつかない。
店員がコーヒーをテーブルに置いていく。
砂糖にもミルクにも手を付けず、真っ黒なコーヒーを啜る彼女に微笑みながら問いかける。
「御子柴妹の様子はどんな感じだったの?」
ピクッとコーヒーを飲む手が止まり、カップをソーサーに戻した。
「……怒っていたわ。当然だけど」
「後悔してるの?」
そんなに暗い表情で言うんだ。きっと彼女は自分の行いを悔やんでいる。俺だって御子柴弟の姿を見て多少は心が痛んだ。でも。
「――いいえ」
俺たちはもう引き返せない。
「次の計画に移りましょう」
真っ黒な闇の中を生きてきた彼女と、それに惚れこんでしまった俺はもう、引き返すことなんて許されないんだ。
―――――――――――――――――
「『人気アニメの作曲家Mの素顔は殺人鬼か――!?』だって。いやー、こりゃ参った」
これって俺のことだよな。
自分で読んでいて何故だか笑えてきた。
記事の内容は、誰が読んでも明らかに俺のことを言っているとわかるものだ。
「智夏、一応聞いておくが、お前の父は……」
「突然死ですよ。日頃の不摂生がたたって」
ある日突然、本当にあっけなくこの世を去った。
「こんな記事をわざわざ『ツキクラ』の劇場公開初日に出してくるとはな」
現在、ドリボの社長室で記事が載っている週刊誌を読んでいた。
冬瑚と秋人に謎の人物が接触してきた日から3日後。『ツキクラ』の映画が公開される明日を狙ってこんな記事を出してくるなんて。もしかして俺、知らないうちに相当恨まれるようなことでもしたかな?
俺自身、自分でもびっくりするくらいにダメージはないのだが、ドリボのみんなや、『ツキクラ』の制作陣、これまで携わってきた作品に迷惑をかけることになると思うと、罪悪感がこみあげてくる。
「よし、弁護士を呼ぼう。あっちがその気なら徹底抗戦だ。智夏、お前は何も心配しなくていい」
「関係各位への説明とか、そういうのはいいんでしょうか……?」
「そういう面倒なのは私たち大人が引き受ける」
社長がカッコいいこと言ってるような気がする……!
「智夏、辛くなったらいつでも言いなさい」
「辛くなんて……」
「辛くないならそれでいい。でも、ふとした瞬間にくるからな」
自分がいま、ハイになっていることはわかっている。これが電気のスイッチみたいに切れたら、動けなくなってしまうかもしれないことも。
けれど今は俺のことよりも重要なことがある。
「この記事の書き方だと、秋人も殺人鬼扱いされてますから、秋人や冬瑚たちの方が心配です」
明日は月曜日で、それぞれが学校に行く。小学校や中学校でなにかあっても、俺は直接助けに行けない……。
それに後ろでさっきから黙ったままの香苗ちゃんも心配というか、不安だ。
何をするかわからないという意味で、不安だ。
嵐の前の静けさのように、不気味なほどに静寂を保っている。




