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誤字報告、感想ありがとうございます&投稿遅くなってしまいすみません!




ピチャン―。



雨は嫌いだ。雨は俺から大切なものを奪っていく。


大好きだった兄さんが死んだ日も。尊敬していた母が姿を消した日も。




7年前、俺が9歳のときだった。1コ年上の兄、春彦が死んだのは。


シトシトと雨が降る日のことだった。5歳の弟、秋人(あきと)が熱を出し、兄弟3人で公園に遊びに行く約束がダメになった。


「公園に、ひっく、あそび、行きたい、ぐすっ」


涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら秋人が駄々をこねる。


休日になるといつも友人と遊びに出かけてしまう春彦が珍しく今日は予定が無く、一緒に遊ぶのは本当に久しぶりだったのだ。だから日頃聞き分けの良い秋人がこんなにもぐずっている。


それを見かねた春彦が声をかけた。


「公園はまた今度だ。いつでも行けるだろ?」

「いや、兄さん休みになるといつもどっか遊びに行っちゃうじゃん」

「そーだそーだ」


そうか?と首を傾げる兄にため息をつく。弟の心、兄知らず。ひとつしか違わないとはいえ、どうやら僕もこの兄と一緒に遊べることを楽しみにしていたようだ。少し、ほんの少しだけ予定が無くなったことに落胆している。兄さんにこんなことを思っていると知られたら絶対からかわれるから、意地でも表情に出さないけど。


「悪い悪い、2人とも。お兄ちゃん寂しい思いさせてたんだな」


うりうり~と春彦が俺と秋人の頭を撫でる。本当に、この兄には敵わないな。たったの一つしか違わないのに追いつける気がしない。


「あ。秋人寝てるよ」


兄さんに頭を撫でられてすぴすぴと秋人は眠ってしまった。


「むにゃ、あいすー。すぴー」

「「アイス?」」


兄と顔を見合わせる。


「可愛い俺たちの弟の願いだ。お兄ちゃんが叶えてやろうぜ、智夏」

「そうだね」


秋人は僕よりも春彦のことを慕っており、口調を真似たり一人称を「俺」にしたり。ミニ春彦ができあがりつつある。そのことにもう一人の兄として多少の不満を抱きつつも、秋人の気持ちも同じ弟としてわかってしまうので複雑である。



ピチャン―。



「コンビニが家の近くにあると太るってほんとかなー?」


兄と二人、雨の中を並んで歩く。兄が赤、僕が青の傘である。ちなみに秋人は黄色。母が「並ぶと信号機ね、うふふっ」と言って笑っていた。僕たち兄弟3人はたいして自分の持ち物に頓着しない性質なので、こうしてたまに母に遊ばれていたりする。


「そんなこと言ったらこの国のほとんどが太ってることになっちゃうよ」

「それもそうだな。けど、俺たちは残念ながら当てはまらないよなー」

「家の近くにコンビニ、ないもんね」


だからこうして、えっちらおっちら兄と二人で歩いて15分ほどの所にあるコンビニに向かっている。確かにここまでコンビニから家が遠いと簡単には行けないので、太ることはないのかもしれない。



ピチャン―。



「秋人が好きな味ってソーダだよな?」


傘を差しながら15分ほど歩きたどり着いたコンビニ。傘を閉じて軽く傘に着いた雨粒を振り払い、入り口の横にあった傘立てに二本並べて差す。


「ゴリゴリくんのね」


溶けるだろうから氷も買っていかなきゃなーと思いながらカゴを掴む。春彦は俺がカゴを持つとわかっているため、当然のように手ぶらでアイスコーナーに向かう。こういうことに僕も違和感を抱かないあたり、かなり弟としての意識が高い。意識高い系弟だ。こんな素敵な弟を持てたことにもっと感謝してほしい。


「智夏はチョコミントだろ?俺は何にしようかなー」

「勝手にカゴに入れないでよ。まぁチョコミントでいいけど。兄さんはミカンだね」

「えー?今ミカンの気分じゃ……いや、でもやっぱりミカンにしよ」


奥の方からキンキンに凍ったアイスを引っ張り出し、カゴに入れる。3つ並んだアイスを見つめ、カゴいらなかったかも、と隙間だらけのカゴを見つめる。


「ほら、わすれもん」


ずしっと大きな氷の袋を春彦がカゴに入れ、空いていた隙間を一瞬で埋める。


「兄さん、これ重いよ」

「俺の弟だろ?レジまでもう少しだ。頑張れ」


そこは普通、男だろ?ではないだろうか。でも、男だろ?と言われるより、俺の弟だろ?と言われた方がなんだか力が出せそうな気がする。春彦にうまく乗せられた気がしないでもないが、少し高めの位置にあるレジ台にカゴを乗せた。



ピチャン―。



コンビニのレジ袋を春彦が持ちながら、傘をさして家路に着く。


「なぁ智夏、チョコミント、一口くれよ」

「いいけど。ミカン一口ちょうだい」

「交渉成立だな」


白い歯を見せてニシシッと笑う春彦につられて僕も笑う。


「あ、あのトラックなんか変じゃない?」


先に気付いたのは僕だった。僕の言葉に春彦が視界を遮っていた傘を上にあげ、俺が指さすトラックを見る。


「確かになんかへ、ん!?お、おいあれって反対車線を走ってないか!?」

「!?」


抱いた違和感の正体はコレか!


かなり大きいトラックは速度を上げてこちらに迫ってくる。このままじゃぶつかる!


「逃げるぞ智夏!!」

「う、あ、」


足が動いてくれない。どうしよう、と思った瞬間ものすごい力で引っ張られた。


すぐ耳の横を物凄い勢いでトラックが過ぎ去っていく。




助かった、そう思った瞬間だった。




そのまま交差点につっこんだトラックと衝突した車が、歩道にいた目の前の春彦を()ねたのは。「ありがとう、兄さん」と言おうと振り向いたら、僕のすぐ後ろをスピンしながら車がつっこんできて。


力強く腕を引っ張ってくれた春彦はどこにもいなくて。ろくに呼吸ができなくなって、心臓が凍り付いたような恐怖が身体を支配する。


辺りには壊れたクラクションの音と、悲鳴や泣き声がそこかしこに広がっていた。


「に、兄さん!!!春彦兄さん!!!」


いるなら早く出てきてくれ。いつものように笑って「悪い悪い」とか言って出てきてくれ。


「、、、な、、っ」

「!?兄さん!!」


普段聞かない、消え入りそうな声が聞こえて、急いで声のした方に向かう。何度も足をもつれさせながら、必死に足を動かす。


「にいさ、…ぁああああああっ!!!」


反対側の歩道に仰向けに寝そべっていた春彦からは、(おびただ)しいほどの血が流れていた。


「はっ、、ぐはっ、ち、なつ、、ぶじか?」

「僕は兄さんのおかげでケガ一つないよ!待ってて兄さん、すぐ助けを呼ぶから」


向こうにいる大人たちを呼びに行くために立とうとしたとき、春彦が止めた。


「わりぃ、アイスどっか、いっちまった、っぐ」

「アイスなんてまた買いに行けばいいよ!」

「な、なぁ、ちなつ。とうさんとかあさん、のこと頼んだ、ぞ」


目に見えて春彦の呼吸が浅くなっているのがわかる。いやだ。そんなのやだよ。



ピチャン―。



春彦の頬の上に落ちたのは()の涙か、それとも雨か。


「おれた、ちの弟を、まもってくれよ、ちな、つ」

「自分で守れよ!!これから先も!!だから、いかないでっ!」

「わ、るい、わるい、、なつ、お、おれを、あ、、し、て、、りが、、」

「にいさん?ねぇ、兄さんってばっ!返事してよ!!」


それから、春彦が返事をすることも、目を開けることも二度となかった。



ピチャンー。



奥深くに沈んでいた意識が浮上するのを感じる。ピチャンピチャンとさっきから嫌な音が聞こえる。あぁまた雨が降っているのだろうか。


「ゃ、、ん?に、、ん!」


近くで誰かが叫んでいるような。うまく聞き取れない。そういえば、兄が最期に言おうとしていたことは一体なんだったのだろうか。


「起きて、兄ちゃん!」

「……秋人、うるさいよ」

「なっ!()の心配を返せ!」


目を開けて、最初に映ったのは秋人の姿だった。


春彦が死んだあと、俺も秋人も一人称を変えた。春彦を真似て「俺」と言っていた秋人は「僕」に。そして「僕」の一人称は「俺」に。


お互いに失った何かを埋めようとしていたのかもしれない。あの頃の秋人も俺も、もういない。でも、


「おっきくなったなぁ秋人」


俺たちの弟はこんなに大きくなったよ、兄さん。


「ところでここどこ?」

「今さらかよ!?」

~第14回執筆中BGM紹介~

ギルティクラウンより「βios」歌手:小林未郁様 作曲:澤野弘之様


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