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弟は預かった



「今日は早めに終わったから、韓国語の勉強でもしようかなー」


夕日を眺めながら駅から家に向かう途中、少し寄り道をしながらそんなことを考える。こんなことを言いつつ、家に帰ったらやる気は全部なくなるんだけど。教材を買って満足しちゃって、結局開かずじまいなんだよね。もったいない。


「、、、の?」

「、、、、、、、だろ!」


ふぇ?


寄り道した公園を通っているとき、男性同士の言い争う声が聞こえた。しかも、片方は聞いたことのある声だときた。


「この声は……秋人クン?」


職業柄、他人の声を覚えることには自信がある。これは多分、秋人クンの声だと思う。もう片方の人は知らない人だけど。


秋人クンが声を荒げるなんて何事かと思い、気になって声が聞こえる方に恐る恐る近づいてみた。


公園の隅の、緑が生い茂って人目が付きづらい、小さな屋根が付いている休憩スペースに秋人クンともう一人の姿を見つけた。


「ど、どうする?とりあえず様子見?オーケー遠くからバレないように見守ろう」


一人暮らしの弊害なのか、最近一人で会話することが増えてしまった。以前、遊びに来た智夏クンにこれを見られて、「喋り相手は俺がいるじゃないですか」って言われてズッキューンってきたなぁ……じゃなくて!


2人にバレないようにこっそり会話が聞こえる位置に移動する。3人分くらいの太さの幹に身を隠し、耳の感覚を研ぎ澄ませる。


「、、にも知らないくせに!」


お、聞こえてきた。秋人クン、めちゃ怒ってるっス。これは智夏クンに連絡すべきかな?いや、待て待て彩歌。このくらいの年の男の子は、こういうことを家族に知られるのが嫌なはず!奏音が秋人クンくらいの年だったときは、それはもう大変だった。


変に手出しはせず、遠くからコソッと見守るくらいがちょうどいいよね。


「まぁまぁ落ち着いてよ。でも、その反応を見ると、まさかの図星かな?」

「っざけんな!」


あわわわわ…!


声だけ聞いていたら、ただの喧嘩というわけはなさそうだ。秋人クンが一方的に追い詰められているような…。


バレないようにこっそりと幹から顔を覗かせて2人の様子を見ると、思わず声が出そうになった。


秋人クンが相手の胸ぐらを掴み上げてるっス…!





―――――――――――――――――





「こういう風にすぐ暴力的になるなんて。蛙の子は蛙ってことだ」

「…ッ!」


言外にあの男――クソ親父と同じだと言われて、何も言い返せなかった。だって、その通りだったから。こいつの言葉にカッとなって、気が付いたら胸ぐらを掴んでいた。


こんなの、あいつと同じじゃんか。


掴んでいたシャツから手を離して、2歩3歩とよろけながら後ろに下がる。


気持ち悪い。あんな奴の血が僕の中に流れていることも、あの男と同じことをしたかもしれない僕自身も。すべてに嫌悪感が募る。


「うっ…」


自分自身がとても汚いものに思えてきて、腹の奥から熱い塊がこみあげてきた。腹の中のもん、全部吐きそうだ。


「大じょ」

「あのーーー!!!」


…!


僕とあいつの間に、変な声を上げながら誰かが割り込んできた。


よろよろと視線を上げると、見たことのある女性が両手を広げながら、僕をあいつから守るようにして立っていた。


兄貴の彼女が、どうしてここに…?




―――――――――――――――――




「あのーーー!!!」


自分でも何を叫びながら走ったのかは覚えていないが、とりあえずあの男の人と秋人クンがあれ以上近づかないようにしたかったのだ。


「こ、この子と話したければ、まずは私を通してもらおうか!」


……ミスった。


違う違う、どうした私。なにゆえザコキャラのようなセリフを吐いたのか。


3人の間で奇妙な沈黙が落ちる。こういうとき、取れる手段は一択!


「ということで、さらばッ!」


秋人クンの手を取って、その場を走り去る。


途中で振り返ってみたが、幸い追ってきてはいないようだった。


「はぁ、はぁ、あの、はぁ、あき、はぁ」

「大丈夫ですか?」

「ご、ごめん。久しぶりに、はぁ、走ったから、息が」


少し走っただけで息が上がった私を心配、というか呆れた様子で心配してくれた秋人クンは、さっきよりも顔色が良くなったようだ。


無我夢中で走っていたが、どうやら公園を抜けて大通りに出たみたいだった。日が暮れてきて、家路に急ぐ人たちや、これから飲みに繰り出す人たちなど、通りは賑やかだ。


私の息が整うのを何も言わずに待っていてくれた秋人クンは、ぼんやりと街を行き交う人々を眺めていた。


「秋人クン、ちょっと寄りたい場所があるんだけど、いいかな?」

「でもそろそろ家に…。いや、一緒に行ってもいいですか?」

「もちろん!」


家に帰る、と言いかけた途中でやめたのを見ると、家には帰りづらいのだろう。


「お姉さんのとっておきの場所にご招待しましょう!智夏クンも連れて行ったことのない場所っス!」

「そんな場所を僕に教えてもいいんですか?」

「特別だよ?」


と言いつつ、こっそりと智夏クンに『弟は預かった』とメッセージを送るのだった。

~執筆中BGM紹介~

シン・エヴァンゲリオン劇場版より「One Last Kiss」歌手:宇多田ヒカル様 作詞・作曲:Hikaru Utada様

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[一言] ツッコミ1つ。 作詞・作曲:Hikaru Utada様 Hikaru Utadaは宇多田ヒカル様の英語表記…
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