だから冬瑚は
冬瑚視点→秋人視点→智夏視点です。
「冬瑚ちゃんは今、幸せ?」
冬瑚はとっても幸せ。
だって、家族がいっぱい愛してくれるから。
ハルは冬瑚に一番甘えてくれて、一緒に眠ってくれる。
お母さんは離れた所にいるけれど、手紙を書いたり、たまに遊びに行ったりしている。
香苗ちゃんはお仕事で忙しいけれど、家に帰ったらぎゅーってしてくれる。
秋兄はよく怒るけど、冬瑚にお料理を教えてくれたり、おんぶしてくれたりしてくれる。
夏兄はとっても優しくて、いつも頭を撫でてくれて、お膝に乗せてくれる。
だから冬瑚は幸せなの。
でも、みんなは冬瑚と一緒で、本当に幸せなのかな…?
「家族のみんなが、冬瑚ちゃんに隠してること、知りたい?」
するりするりとお姉さんの言葉が耳から蛇みたいに滑り込んでくる。冬瑚の知らない人だけど、冬瑚のことを知ってる人。
「し…」
隠し事をしてるなんて知らなかった。……ううん、違う。本当は気づいていたけど、しらんぷりしてたんだ。
きっといつか話してくれる。――いつかって、いつ?
内緒にしてるってことは、知らない方がいいことなんだよ。――なんで冬瑚だけ知らないの?
「……知りたい」
にぃって笑ったお姉さんの目は、とっても暗くて冷たくて、まるでぽっかりと空いた穴みたいで、吸い込まれてしまいそう。
――――――――――――――
「御子柴秋人君、だよね?」
「……違う」
「待て待て待って!ちょっと時間くれないかな?10分!いや5分でいいからさ!」
部活で少しトラブって帰る時間が遅くなってしまった。これじゃあ冬瑚を家で一人にしてしまう。今日は兄貴はバンドのなんかがあるって言ってたし、仕事に行っている香苗ちゃんも帰れない。
走って帰ろうとしていたとき、変な男に絡まれてしまった。無視をしても、早歩きをしても付いてくる。校門を出てすぐのところで待ち構えていたから、生徒も周囲に多くて僕と男はかなり注目を集めていた。
「君が良いならここで話してもこっちは全然構わないけど」
「は?」
「御子柴水月――君の父親のことさ」
「!?」
こいつ、なんであの男の名前を知って…!?
思わず男の顔を見た。見知らぬ、狐目の男。歳は多分、兄貴と同じ高校生か大学生くらいか。
「場所を変えないかい?」
「……5分だけだ」
「あぁ、もちろん」
僕を見てにぃっと笑った狐目の男に、何かを思い出しそうになった。もしかして、どこかで会ったことがあるのか?
そんな頭の端に引っかかった既視感も、この男の話で怒りに塗り替えられた。
――――――――――――――
ラジオ収録が終わり、我が家の玄関ドアに手を伸ばすと、後ろから知らない女性に声をかけられた。
「初めまして、御子柴智夏君」
「初めまし、て?あの、あなたは一体…?」
にぃっと笑うだけで、俺の質問には答えてくれなかった。ていうか俺の名前を何で知ってるんろう、この人。そもそもなんでうちの前にいるんだ?
「そんなに訝しげな顔をしないで。さっきまで冬瑚ちゃんと一緒に楽しくお話させてもらったの」
「冬瑚と?」
「えぇ」
なんだろう、この胸がざわつく感じは。
「、、!、、、っ!」
後ろから、つまり家の中から冬瑚の声が聞こえてきた。何かに怒っているような、そんな声。
さっきこの女、冬瑚と楽しくおしゃべりをしてたって言ってたか?
「冬瑚となんの話をしていたんですか?」
眼鏡の奥から女を鋭く睨みつける。確証はない、けれど確信ならあった。
この女が、冬瑚になにかをした!
「あなた達のお父さんとお母さんが別れた理由とか、かしら?」
「は?」
「だーかーら、冬瑚ちゃんのせいでお父さんとお母さん、別れちゃったのよーって」
「あ”あ?」
「そんな怖い声を出さないで?……あら、時間だわ。また今度お話ししましょう、御子柴智夏君?」
なんであんたが俺たちの家族の事情を知っているんだ、とか、また今度ってどういう意味だって問い詰めることもできたけど、今はそんなことより重要なことがある。
女に背を向けて、玄関に飛び込む。
「冬瑚!」
靴を脱ぎ捨てて、家の中に飛び込む。冬瑚は……いた!電気の付いていないリビングから声が聞こえてきた。
「、かつく、むかつくむかむかするーっ!」
電気をつけると、ソファーのクッションをぽすぽすと殴りながら「むかつく」を連呼する妹の姿が。こんなに激情をさらけ出している姿は初めて見た。
「冬瑚、なにが…」
「冬瑚のせいで、お母さんが、夏兄と秋兄を置いていったって!言ってた!冬瑚がお腹にいたから、夏兄たちは酷い目にあったって!」
「ちがっ」
違う、そうじゃないんだと言おうとしたとき、冬瑚が俺の言葉を遮るように叫んだ。
「違うことはわかってる!あのお姉さん嘘ついてた!冬瑚と夏兄のお父さんは違う人なんだって嘘言ってたもん!冬瑚、すぐに違うって言ったけどお姉さん聞いてくれなかった!冬瑚がかわいそうってずっと言ってた!すっっっっごいむかつく!!!」
冬瑚と俺の父親は間違いなく同一人物だ。つまりあの女は俺たち家族の詳細までを知ってるわけではない…?でもなんでそれを冬瑚に言う必要があったんだ?
次々と浮かび上がる疑問は一旦、頭の片隅に追いやる。
クッションを殴り続けて赤くなってしまった冬瑚の手を取り、膝の上に乗せて落ち着かせる。
「お兄ちゃんの話、聞いてくれるか?あの女の話じゃなくて、俺の口からきちんと、事実を教えたいんだ」
「事実?」
「うん。冬瑚はまだ小さいから、難しい話はまだ早いと思ってたんだけど…」
「冬瑚小っちゃくない!もう大人だもん!」
「そうだね」
わけのわからない女の言葉を鵜呑みにせず、「違う」と言えた冬瑚なら、全部を教えても大丈夫だ。
初めて会った日よりずいぶんと成長した冬瑚の頭を撫でる。
また会おうと言っていたあの女、次会ったら覚えとけよ…。
「夏兄、髪ぐちゃぐちゃ」
「あ、ごめん」
あの女のことを考えていたら髪を撫でていた右手が暴走したようだ。冬瑚に怒られちゃったのも全部あの女のせいだー!
~執筆中BGM紹介~
「小さなてのひら」歌手:Lia様 作詞・作曲:Jun Maeda様




