夏子の部屋
とんとん、パチン、とんとん、パチン
A4用紙を5枚まとめ、隅を揃えて左上にホッチキスを留める。紙を取る、まとめる、ホッチキスを留める。この繰り返し。
「あ、あの…」
とんとん、パチン、とんとん、パチン
「俺たちそろそろ帰っても…」
学校祭運営員会委員長のエレナに予算交渉に赴き、ゴミ呼ばわりされてしまった生徒たち。会議室のすみっこで正座していた彼らがソワソワと動き出した。今頃彼らの足にはピリピリと痺れが走っているのだろう。
「アンタ達まだいたの?早くこの書類にサインして帰りなさい」
「「「えぇ…」」」
エレナは彼らの存在すら忘れていたらしく、シッシッと追い出していた。
彼らをここに誘導したのは俺だが、エレナが恨まれないか心配…
「「「一生ついて行きます!!」」」
「ゴミが人語を喋らないでくれる?」
「「「もっと貶して、エレナ様!!!」」」
………違う意味で心配になってきた。なにこれ。宗教でも開く気か?カンナ親衛隊と張り合う気か?
俺に言われた時とは180度変わって、嬉々として書類にサインする彼らを見て鳥肌が立ったのだった。
カタタタタッ
カリカリっ
むしゃむしゃ
パチン、とんとん
高速でパソコンに打ち込むエレナ、何かを真剣に書き込んでいる運営委員達、お菓子を頬張りながら電卓を叩く虎子、地獄のホッチキスレース中の俺。
コンコン
「どうぞ」
「失礼します。あの…、少し相談がありまして」
「出番よ、チーちゃん!」
「え、俺?本日付で庶務に任命された俺なんかに相談したところでなんにも解決しないって」
冗談でもなんでもなく、本気で適任は他にいると思う。
エレナは面倒事はとりあえず庶務に任せればいいと思ってるな、絶対。
相談に来たという1年生の眼鏡をかけた男子生徒は、意外なことにエレナと同じことを言い出した。
「いえ…。僕も御子柴先輩に相談に乗ってもらいたいです」
うそん。
「ご指名入りましたー!」
「どこのホストクラブだよ」
またテレビから学んだおかしな言葉を声高に叫ぶエレナに思わずツッコんだ。
「一番高いの開けちゃってー!」
「「「フゥー!!」」」
虎子や他の運営委員たちも便乗して騒いでいる。これが集団心理ってやつなのか…。
「とりあえず君、こっちにおいで。周りは気にしなくていいから。この人たち疲れてちょっとおかしくなってるから」
「は、はい」
会議室なだけあって、机と椅子は余っている。隅に余っていた長い机を挟むようにパイプ椅子を2つセットし、片方に生徒を誘導する。
運営委員が活動する会議室を、庶務になって一日目の俺が我が物顔で使っているこの現実。誰も何も文句を言ってこないってことは、別にいいんだろう。
「作業をしながら聞いてもいい?」
「大丈夫です!お忙しい中すみません!」
真面目で礼儀のなっている子だ…。お兄さんほっこりしちゃうよ。
ホッチキスと資料を持って来て、ついでに2Lのペットボトルと紙コップをかっさらってきて自分と後輩君の分のお茶を入れる。
可愛い後輩にはつい世話を焼きたくなるものだ。まだ名前も知らんけどな。
「1年の内田です。さっきはクラスメイトが失礼な態度を取ってしまって、すみませんでした」
さっき?……あ、エレナにゴミ呼ばわりされてた人たちの誰かのことか。そんなの気にしなくていいのに。
「気にしないで。それで、俺に相談って?」
「御子柴先輩が教室を出た後、みんなで話し合って…」
チャイナドレスは外せない、けれど予算は足りない、と。なるほどね。
「俺の1個上の先輩たちが去年、学校祭の劇でチャイナドレスを着てたから、ちょっと聞いてみるよ」
「ほんとですか!?」
すみれ先輩に電話して確認してみると、どうやら2駅先の格安の衣装屋さんで借りていたらしい。
貸衣装屋の住所と名前を聞いて電話を切り、後輩君にその情報を伝える。
「ありがとうございます!早速このお店に行ってリサーチしてきます!御子柴先輩に相談して良かったです!ありがとうございましたっ!」
「はいはーい」
なーんてやり取りをした翌日。
「御子柴先輩!」
「御子柴さんはいらっしゃいますか?」
「庶務の人に用があって」
「「「相談に乗ってほしいんです!!!」」」
だから、なぜ俺に相談してくるんだー?
「夏子の部屋でもやる気なの?」
「ハハッ、玉ねぎ頭にでもしようかな」
減らない仕事と増える相談者…。
「今日もいい天気だなぁ」
「智夏パイセン、現実を見て~」




