ヒストグラマー
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今回は執事男子こと山崎信視点です。
「最後まで見てくれてありがとー!」
とダンス部の部長が締めくくり、演目が終わって照明が落ちました。次の予定は『キララと愉快な仲間たち』という4人組バンドの演奏。そして最後に花を飾るのが我がお嬢様率いる『ヒストグラマー』のバンド演奏です。
お嬢様がこの学校に入学した目的である学校祭でバンド演奏の夢が、ようやく叶うと思うと感動もひとしおです。三年間もメンバー探しに費やしただけに、とても素晴らしいメンバーが揃いました。
ボーカルのお嬢様は大旦那様(お嬢様のおじい様)の影響で幼いころから詩吟を嗜んでいたこともあり、実力も肺活量も相当です。
ベースの西原天馬様とギターの高比良すみれ様は幼馴染で二人ともとても高い技術を持っていて、高校入学以前からゲリラライブを二人で行っていたところをスカウトしました。お二人は元々お嬢様と顔見知りだったこともあり快諾してくださいました。
それからメンバーが入っては出てを繰り返し、とうとう3年生になってしまいました。妥協したメンバーでライブをやるしかないのかと諦めかけていたときでした。新入生の中に『Yeah!Tube』でドラム演奏を披露している方がいるという情報を掴んだのは。
ドラムの為澤虎子様には一度は断られたものの、お嬢様がお菓子で懐柔し無事に仲間入りしていただけました。
そして最後に入ってくれたキーボードであり友達の智夏。彼のピアノコンクールの受賞歴は凄まじく、軒並み金賞を受賞しているほどでした。非公式ながらファンクラブも発足していたようです。
こうして揃った『ヒストグラマー』の5人はもはや選ばれし勇者たち。彼らなら、たとえ魔王だろうとも虜にしてみせるでしょう。
ステージ上をパッと4台のスポットライトが照らしました。光の中に現れたのは予定されていた『キララと(以下略)』ではなく、大トリを飾るはずだった『ヒストグラマー』の面々。何かトラブルが発生したのでしょうか。体育館に集まっていた生徒たちも同じことを思ったのでしょう、互いに顔を見合わせざわついていました。こんなに騒がしい状態は、演奏前に相応しくありませんね。ということで、観客の皆様には少し黙ってもらいましょう。ステージ上のお嬢様は、自ら動く気が無いのか、はたまた僕を信じているのか、目を閉じたまま微動だにしません。
司会を担当していた実行委員の横に忍び寄り、音もなく目的のものを奪い取ります。
「あーテステス。桜宮高校のレディース&ジェントルメンどもー!盛り上がってますかー?」
「「「??う、うぇ~い」」」
急にマイクで話し出した僕に戸惑いながらも返事をする生徒たち。でも、これじゃあ足りません。
「バカになってますかー?」
「「「うぇ~い!」」」
よくわからないが、とりあえず乗っておこうといった感じで反応する生徒たち。それでも7割くらいでしょうか。足りませんね。
「青春したいなら目を見開け!耳を澄ませ!心に刻めーー!!」
「「「うぉぉぉぉおおおーー!!!」」」
この場にいる全員が一体となって叫んだこの瞬間。全員が息を吐きだし静寂に包まれたこの一瞬。1秒にも満たない世界で、お嬢様と目が合った。不敵な笑みを浮かべたのが見えた。
『弱い僕に差し伸べてくれた君の手を離すことはない』
圧倒的なお嬢様のサビの独唱から入り、一瞬で観客が心を引き込まれたのを肌で感じました。カリスマとはこういう人のことを言うのでしょう。かくいう僕も心を掴まれた一人ですが。いや、心を掴まれたのはとうの昔のことですね。
お嬢様の声に追随するように4人のハイレベルな演奏が加わります。まさに圧巻。今話題のアニメ『月を喰らう』のオープニング曲だったことも相まって、体育館は熱狂の渦に。『ヒストグラマー』の神がかり的な歌声と演奏は体育館の外にも響いているのでしょう。続々と生徒たち、教師、OB・OG、父兄が集まってきました。
「キャー!!会長ー!!」
「天馬せんぱーい!!カッコいいー!」
「すみれお姉様ー!!素敵ー!!」
「タイガー虎子ー!!いかしてるー!!」
智夏以外は校内でも有名な方たちなのであちこちから声援が上がっています。なので負けじと、
「智夏ー!!サイコーですよ!!」
と喉が張り裂けんばかりに叫びました。一瞬智夏がこちらを見て、恥ずかしそうにはにかんでいました。すると、
「しばちゃーん!!さいきょー!!」
「「智夏(君)!カッコいー!!」」
と智夏ファンから声が。なるほど智夏の魅力を知る人は他にもいたようで安心しました。
会場の熱が最高潮になり、曲が終わりました。ステージ上の5人は息を切らして汗だくです。練習以上の成果をだした『ヒストグラマー』のメンバーの顔は成功を喜ぶ顔かと思いきや、追い詰められたような、「え?ほんとにやるの?どうなっても知らないよ?」という顔をお嬢様以外の全員がしていました。それに答えるようにお嬢様がマイクに向かって話しだしました。
「みんなー!『ヒストグラマー』のライブ、楽しんでくれたかなー?」
「「「うぇーーい!!!」」」
「一曲だけで満足なんてできないよねー?」
「「「もちろーん!!!」」」
「よくぞ言ってくれた!それじゃあ予定にないけど2曲目やっちゃうよー!青春してるみんなならしってるよね?パルヒの劇中歌、いっちゃうよー!!」
観客は爆発したように歓声を上げていますが、対照的にステージ上のお嬢様以外のメンバーは絶望したような表情になってます。当然ですね、私が知る限り、パルヒのあの曲は合宿の最後に一度ノリで演奏しただけなのですから。するとそれを察したお嬢様が後ろのバンドメンバーに振り向き、何やら言い放っています。内容は聞き取れませんでしたが、メンバー全員が笑って「しょうがない、やるか」という顔になっていたので、さすがお嬢様です。
為澤様のドラムから入り、前奏が始まります。原曲にはキーボードはいませんが、なんの違和感もなくキーボードの音が入っています。こんな芸当を即興でできるのは、智夏の技術の高さと他のメンバーの経験や臨機応変さがあってこそでしょう。本当に、このメンバーでないとできない演奏です。とてつもなく難しいことをやっているのは素人の僕でもわかります。ですが、そんな中でもステージ上の5人はとても楽しそうです。キラキラと輝いて見えて、どこか遠い存在のように映ります。
時間にすればおよそ10分ほどのライブでしたが、一生分の青春を詰め込んだかのような濃密さがありました。ステージ裏に向かい、お嬢様たちを迎えに行きます。大きな歓声に包まれながら、5人が戻ってきました。するとお嬢様が開口一番に
「円陣組もう」
と言い出しました。お嬢様が変なことを言うのはいつものことなのですが、なぜ円陣なのでしょうか。普通はライブ前とかにやるものでは?
「ライブ前ごたついてできなかったからね。それに、」
お嬢様の真っすぐな目がこちらを向く。
「信がいなかったからね。円陣はメンバー全員でやらないと」
「僕もメンバーだったのですか?」
「当たり前でしょう」
「当然だろ」
「当然ね」
「うんうん」
お嬢様の横に西原様、高比良様、為澤様が並ぶ。僕も『ヒストグラマー』の一員をしてとっくに認められていたことに胸がいっぱいになる。
そしてふと、年下の友人が黙ったままのことに気付いたので、気になって振り返った。
ドサッ
「後輩君!」
「御子柴!」
「大丈夫?しっかりして!」
「パイセン!どうしたの!?」
智夏が糸の切れた操り人形のように、パタリと倒れてしまったのです。暗いステージ裏の中でもわかるくらい、真っ青な顔で。
~第13回執筆中BGM紹介~
NOIRより「salva nos」歌手:Fiction Junction様 作詞作曲:梶浦由記様
読者様からのおススメでした!心惹かれる素晴らしい曲です。




