むにりたい
「母さんも父さんも智夏さんの正体に気づいてなかったなんて。初めに名乗った時に気付くでしょ、普通」
彩歌さんがヒロインの声を演じた『ツキクラ』のBGMを作っていた人物と俺が同一人物だと気付き、慌てふためく両親を見て奏音君が呆れていた。
「奏音は知ってたのか!?」
「知ってたに決まってんじゃん。だから、歌のレッスンをしてもらったんだよ」
「まぁ!奏音だけずるいわ。母さんもレッスンしてもらいたい!」
お義母さまが羨ましいと、頬を膨らませていた。娘や息子の名前に”歌”や”音”を付けていて、自身の名前にも”詩”の字が入っているから、音楽関係に縁があるのかな。そういえばお義母さまのお名前は聞いたけど、お義父さんの名前は聞いてなかった。
「母さんは近所のママさん達と合唱団を作って活動してるっス」
隣にいた彩歌さんが教えてくれた。なるほど、合唱団か。
「だから俺に歌のレッスンを」
「うん。いっつも母さんが教える側だったから、たまには教えて欲しいんだと思う」
教える側もやってるんかい!
歌手と先生の両方をやっているなら、俺の出る幕はないんじゃ…。
「彩歌の歌う『レクイエム』を聞いてね、すっごい感動したの!私もこんな風に歌ってみたいって思っちゃって。若い子からしたら、こんなおばさんがなに言ってんだって話だろうけど」
「上手くなりたい、って思ったそのときから成長は始まってます。年齢なんて関係ないですよ」
「智夏君…。ってことは教えてくれる?なーんて冗談、」
「大丈夫ですよ」
「…へ?」
「大丈夫ですよ」
「え、いいの?断るなら今のうちよ?」
「教えるのが専門ではないので、お役に立てるかどうかはわからないですが…」
こんなことになるなら教え方について勉強しとけばよかったー!くそーッ!!
「そうと決まれば今からレッスンよ!奏音、ピアノ持ってきて!」
「はいはーい」
急遽決まったお義母さまの歌のレッスン。奏音君とお義母さまが準備をしてくれている間、リビングには俺と彩歌さんとお義父さんの3人が残された。
「智夏クン、こんなにホイホイ頼み事を請け負ってたら身体がもたないっスよ?今もやることがたくさんあるんでしょ」
「おっしゃる通りで…」
やることがいっぱいあって頭がパンクしそうだって言いながら、こうしてやることを自分から増やしてるんだもんな。断れないのは俺の悪い癖だ。かと言って、これからこういう頼みを断るのかと聞かれると、返事に困る。
「でも、智夏クンは”断れない”んじゃなくて”やりたい”んだもんね」
やりたいことを奪われる辛さは、誰よりもわかっている。だからこそ、機会があるのなら、どんなことでもやってみたいと思う。
「それでこそ智夏クンだけど、何事も健康な身体があってこそっスよ。毎日ちゃんと食べてるっスか?今日、秋人クンがいないって言ってたけど、ちゃんとお昼ごはん食べた?ピアノに夢中で食べ忘れたとか言わないよね?」
「…」
図星すぎてなんも言えねぇ…。
「智夏クン?」
「お、おっしゃる通りで…」
「めっ!」
可愛い声と共に頬をむにむにと彩歌さんにいじられる。怒る彩歌さんも可愛い。怒ってても可愛いってナニゴト?そういう生命体なの?尊いがすぎるんですけど。
「うおっほん!あのー、お2人さん?ここに父がいることを忘れてないかい?」
「父さんも智夏クンの頬をむにりたいんスか?」
むにむにする、略してむにる。……って冷静に解説してる場合じゃない。
「え、いいの?父さんもむにっていいの?」
お義父さん、めっっっちゃ乗り気ですやん。俺の頬にそんなに需要あった?
俺の混乱を他所に、むにむにとお義父さんが俺の頬をいじる。
な、なんだこの時間…。
「智夏君」
「ひゃい…」
このまま喋るんですかい?
「さっきはすまなかった」
「いぇ」
「それと、娘をよろしく頼みます」
これも頼み事。だけど、重みが違う。
「あい」
むにむにむに
………締まらないなー。
この後、お義母さまと奏音君がリビングに戻ってきて、俺とお義父さんの姿を見て驚いていた。
「智夏君、準備おーけーよ!あら?2人とも仲良くなったのね」
「父さんに智夏クン取られちゃったっス」
「智夏さん、うちに馴染むの早いな~」
「今度みんなで遊びに行きましょうよ」
「「賛成」」
鳴海家の家族旅行の一員に加えられたことなど露知らず、俺はお義父さんにむにられ続けていた。
「肌ツヤがさすが10代だな」
「化粧水ですかね」
むにられている途中でも普通に喋れるようになってしまった。
これから特技を聞かれたら、むにられながら普通に喋れます!って言おう。……需要ゼロだけど。
~執筆中BGM紹介~
うちのメイドがウザすぎる!より「ウザウザ☆わおーっす!」歌手:高橋ミーシャ(白石晴香)様/ 鴨居つばめ(沼倉愛実)様 作詞:畑亜貴様 作曲:OzaShin様




