話を聞いて
お義父さまと奏音君がワサビ入りのたこ焼きに悶え絶叫し、笑い声が響く賑やかな食事が終わった。
皿洗いを申し出て、彩歌さんと2人で台所に立った。
「奏音の練習に付き合ってくれて、ありがとね」
食器についた泡を水で流して、彩歌さんに手渡す。彩歌さんは慣れた手つきで食器を受け取り、食器用の布巾を2枚同時に使って器用に水気を拭きとっていく。布巾を両手に持つことで指紋が食器につくのを防げるんだとか。すごい。
「いえいえ。……彩歌さんは奏音君の練習を見てあげないんですか?」
初めて奏音君と会ったときも姉弟で一緒に行動していたから仲は悪くないはず。それに彩歌さんはこういうことに嬉々として付き合ってくれる人だ。だから、今まで練習を見てもらったことが無いと言っていた奏音君を不思議に思っていた。
「私はいつでも見るよって言ってるんスけどねー。「彩歌は忙しいだろ」って。多分、私に頑張ってる姿を見られるのが恥ずかしいんだと思う」
「複雑な弟心ってやつですかね。俺も身に覚えがあります」
「弟あるあるなのかな?」
俺も昔は春彦に追いつきたくて、色々背伸びをしていた記憶がある。結局、全然追いつかないままだったけど。
「秋人クンにもそういうとこあるっスか?」
「秋人は…」
秋人は果たして俺を兄扱いしてくれているのだろうか。
「秋人はオカンかな」
「ふふっ。しっかり者だもんね。でも、この前、お家にお邪魔したとき、智夏クンと秋人クンは兄弟って感じが出てたっス」
「それなら良かった。あれ?俺と冬瑚は兄妹って感じがしなかった?」
「どちらかというと祖父と孫っス」
「たしかに!」
それはもう目に入れても痛くないほどに可愛がってる。その姿は自分から見ても、孫が大好きなおじいちゃんだ。あんな短い時間でよく見てるな~。いや、俺がよく冬瑚達の話をしてるからかな。
「冬瑚ちゃんがお嫁に行ったら号泣しそうっスね」
「号泣で済めばいいんですけどね…」
「え?」
「え?」
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「本当に、彩歌の彼氏なんだな~」
「まだ言うか」
台所で並んで楽しそうに話をしている2人はどこから見てもお似合いで、本当に付き合っているんだと実感がようやく湧いてきた。
「あ~。なんか寂しくなってきちゃった」
「そんなことより、」
「母さん、そんなことって言わないで。父さんちょっぴり感傷に浸ってたのに頭から冷水ぶっかけるのやめて」
「高校生の智夏君と彩歌ってどこで知り合ったのかしらねぇ?」
「えっ、智夏君って高校生だったの?」
「そりゃ職場恋愛に決まってんじゃん」
「待って、智夏君って高校生?」
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食器を洗い終えて早々、お義父さまが俯きながら言ってきた。
「智夏君って高校生だったんだ」
お義母さまには歳のことを言っていたけどお義父さまにはまだ言えてなかった。タイミングを見て言うつもりだったけど、聞いてしまったのか…!
「あ、あの…」
「今日はもう帰りなさい」
「父さん!?」
「今日は母さんが無理やり連れてきたみたいだから、私が家まで送って行こう」
「父さん、話を聞いて!」
「ご両親も心配しているだろう」
取り付く島もないとはまさにこのこと。
「今日は家族は家にいないです。両親……というか、母とは離れた所で暮らしています」
素性の知れない未成年の男。いや、子どもか。
彩歌さんと俺の間にあるのは年の差だけじゃない。俺の家族についても、話さなければ。
全部を話して、それでどうなる?彩歌さんは受け入れてくれたけど、ご家族が受け入れてくれるかなんてわからない。親としては、こんな歪な人間じゃなくて、もっと真っ当な人と付き合ってほしいと思うものだろう。
でも…!
「話を、聞いてください」
決して目を逸らさない。
「わかった。話を聞こう」
どうやら話を聞いてくれるみたいで、まずは一安心。リビングに戻ろうとしたとき、彩歌さんが涙目で腕を引いた。
「智夏クン、嫌ならいいよ。話さなくてもいい…!」
こんなときまで俺の心配をしてくれる。なんて優しい人なんだろう。
俺がこのままご家族に認めてもらえなかったら、彩歌さんはご両親と縁を切ってしまうかもしれない。そんな悲しい選択をしてほしくないから、だから俺はなにがなんでも認めてもらわなければ。
彩歌さんの頬に一瞬だけ触れて、勇気をもらう。
「彩歌さんの家族には、知っていてもらいたい。俺も、家族になりたいから」
リビングに入り、さっきまで笑いながらたこ焼きを食べていたダイニングテーブルに静かに座るのだった。
~執筆中BGM紹介~
アスラクラインより「Spiral」歌手:angela様 作詞:atsuko様 作曲:atsuko様/ KATSU様




