お義母さま
4月!
人間の頭って、テンパりすぎると逆に冷静になるのだろう。
「こ、こんばんは?」
「智夏クン!?」
挨拶をするくらいの余裕は残っていた。この場で初めに挨拶をしたことが正解だったかどうかはわからないが。
「2人とも知り合いだったの?」
そんなこともあるのねぇ、とほわほわ笑っているこの女性はつまり……
お義母さま!
ど、どどどどうしよう。出会ってから失礼なことしかしていないような気がする。彼女の家族からの印象最悪ってダメだろ。いやでも、印象最悪な男に夕飯を振舞うなんてあるか?これは気に入られているということじゃ……調子に乗るなよ俺!こういうときこそ最悪の結果を想定して動くべきだろ!
セルフ説教をしていると、家の中からもう一人出てきた。
「玄関でずっとなにしてるの?……あ!智夏さんだ!」
目が合った途端に、目をキラキラさせながらパーフェクトヒューマンこと彩歌さんの弟である奏音君が駆け寄ってきた。
「智夏さんが家に来るなら言ってくれて良かったじゃん、彩歌!わ~!今日はメイド服じゃないんですか?」
「あのときはやんごとなき事情があってメイド服を着ていただけで、好きで着てたわけじゃないからね!そんな趣味ないからね!とりあえず落ち着こっか!」
絶え間なく流れ落ちる滝のように、怒涛の勢いでしゃべりだしそうな奏音君をいったん落ち着かせる。これ以上お義母さまの前で余計な事言わないで、頼むから!
「みんな彼と仲が良かったのね~。もしかしたらお父さんとも仲良しだったりしてね?ふふっ」
たしかに…。仲良しまではいかないにしても、実は顔見知りでしたって可能性はありえる。
…………って、お義父さん!?
「とりあえず、家の中に入ろっか」
ようやく混乱が収まってきた彩歌さんが、玄関の扉を大きく開けてくれた。
「いらっしゃい、智夏クン」
「お邪魔します」
彩歌さんの家に入るときは毎回「ただいま」「おかえり」だけど、ここは実家だ。覚悟を決めて足を踏み入れる。玄関に入ったときに、彩歌さんが耳元でコソッと呟いた。
「おかえりは、また今度ね」
「…!」
すぐに俺から離れて小さく笑った彩歌さんの姿に胸がズッキュンしました。こんなん惚れてまうやないかい。あ、もうすでに惚れてたわ。最&高。
玄関を抜けて突き当りを右に曲がると正面におしゃれなデザインのドアがあり、それを開くと2階まで吹き抜けになっていて開放感のあるリビングが目に飛び込んできた。
家の間取りって、本当に色々あるなぁ。
高い天井からぶら下がるプロペラのような謎の器具を見上げる。あれ、カフェとかにもあるけど、一体なんだろうか。空気を循環させるためのサーキュレーターの役割を果たしているのかな。
現実逃避するな自分!まず一番初めにすることがあるだろ!
「彩歌さんとお付き合いをさせていただいてます!御子柴智夏です!ご挨拶が遅れてしまってすみません!」
ぶぉんぶぉんぶぉん
しばらく天井のプロペラが回る音しか聞こえなかった。頭をそろそろと上げると、目の前には少し目を潤ませたお義母さまのお姿が。
「まぁ!まぁまぁまぁまぁそうなの?ほんとに?彩歌、彼氏できたって言ってたもんねぇ!こんなに良い子が彼氏だなんて、我が娘ながら見る目あるわ!」
「智夏さんカッコいいのに、彩歌でいいの?」
奏音君はいったい何をおかしなことを。
「彩歌さんが好きなんだ。彩歌さんじゃなきゃ、ダメなんだよ」
「ちにゃッ、智夏クン!?やめて、もうやめてくれ~!!」
「キャー!ラブね!ラブなのね!」
キャー!て。お義母さま若いな。
いまさらながらお義母さまのお名前も聞いた方がいいのか、どう呼べばいいのかが気になってしょうがない。
「そういえば自己紹介がまだだったわ。彩歌の母の詩帆です。詩帆でもお義母さんでも好きに呼んでね」
「ではお義母さんで」
「息子が増えて嬉しいわ」
これはもうあれですね、結婚報告の会話ですね。




