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学校祭

誤字報告ありがとうございます!

読者の皆様に感謝してもしきれません。




「えぇ?まだ8曲しかできてないの?はぁーこれだから学生は」


やれやれといった様子で首をすくめる贅肉野郎、もとい満開アニメーションのお飾り監督の佐藤を前にして鬱憤が溜まっていくのを感じる。


チッ。俺がストレスで将来ハゲたら、お前に毎朝足が()る呪いをかけてやる!


昨日こいつから電話が来た後、音響監督の加賀さんに電話を掛けたが残念ながら繋がらなかったため、こうして嫌みったらしい贅肉野郎と話しているのであった。


「まぁ、俺は優しいから、使えない学生にひとつチャンスをあげよう」

「チャンス?」


例の如く狐面を被っているため、こちらが盛大に顔をしかめようとも気づかれることは無い。


「9月までにあと3曲追加で。まぁ、今できていない2曲も含めると5曲だけど」

「……は?残り2週間で5曲も?無理です。できたとしても質が下がってしまいます」


ニタァ、と獲物が網にかかったかのような、気色悪い笑みを浮かべて詰め寄ってくる。


ひぃ!寄るな気持ち悪い!


「無理?質が下がる?……やぁっぱりダメじゃん。なんでもかんでもやる前から無理って決めつけてさぁ。そんなんでよくサウンドクリエイターって名乗れるよね。恥ずかしくないのかな?」


贅肉がぶよぶよと何か言っているが、我慢しろ、俺。『最後の恋を、君と。』のアニメを待ちわびてくれる大勢のファンの人や関係者の人、『春彦』を指名してくれた原作者のためにも、我慢するんだ……!


時計を見ればおよそ5分ほど、好き放題に言われていた。こいつと同じ空気を吸いたくないので言葉が切れた隙にささっと部屋を出て、そのまま会社も出る。通りに誰もいなかったのをいいことに思いっきり狐面をむしり取り、外気を大量に吸い込む。そしてあてもなくふらふらと足を動かす。


昔は、贅肉野郎に言われた言葉よりもずっと酷いことを実の父親に言われようとも何も感じなかったのに。なぜこんなにも心が重いのだろうか。腹の奥底にマグマのような真っ黒い感情がぐつぐつと煮え滾っている。


「智夏君?こんなところでどうしたの?」


背中に声を掛けられて、ゆらりと振り返ってみればそこには香織がスーパーの買い物袋を持って佇んでいた。


「香織?なんで……」


ここに?と言おうと思ったがここがどこかわからなかったため周囲を見回してみれば、香織の家の近くだった。


「今日は、眼鏡してないんだね。それに前髪も」


言われてみれば、狐面を取っただけで髪はそのままだったことに今さら気づく。いつもは目元を隠している前髪はサイドに流しているし、眼鏡もかけていない。


「気づかなかった……」

「顔色悪いね。何かあった?」

「いや……」

()()()()、一人で抱え込むことはもうしないって約束したよね?」


香織が言うあのときとは、元美術教師の神田沙由美と彼女に好かれようとした岡村唯が俺に散々嫌がらせをし、ついにはカッターの刃を筆箱に忍ばせて俺が手を切ったときである。保健室に集まってくれた田中と香織とカンナに約束したのだ、なんでも一人で解決しようとしない、一人で抱え込もうとしない、と。そうだった。約束したんだったな。黒い感情が渦巻いていた心がふわっと温かいものに包まれる。


「相談に乗ってもらってもいいかな?」

「うん。いいよ」


香織と近くの公園にあるベンチに移動し、隣り合って座る。日陰にあるベンチと言っても、8月の真っ盛りなので暑いことに変わりはない。しかし、香織は嫌な顔ひとつせずに俺が話し出すのを待っていてくれる。


「実は……」


香織は俺が『春彦』だと知らないので、バイト先で嫌な上司に色々言われた、とかなり大雑把に伝えた。


「なにその嫌な上司っ!目の前にいたらぎっちょんぎっちょんにしてやるのにー!!」


ベンチから立ち上がると拳をぷるぷると握りしめ、空に向かって、いや、贅肉野郎に憤慨した。


「ご、ごめんね!怒りたいのは智夏君だよね」

「ううん。香織が怒ってくれたから、なんか冷静になれた。ありがと」

「そ、その笑顔は反則……」


ぷしゅ~と音が聞こえそうなほど真っ赤になった香織がへなへなとベンチに座り込む。急に立ち上がったから立ち眩みでもしたかな。大丈夫だろうか。心配になり、顔を覗き込む。すると、


「む、むりむりむりー!これ以上は供給過多で死んじゃうよ!」


と押し返された。よくわからないが元気そうでよかった。


「ありがとう、香織。おかげであいつを見返してやるって燃えてきた」

「どういたしまして!」


向日葵のような笑顔を向けられ、少しドギマギしてしまったのだった。





――――――――――――――――――――





とうとう迎えた9月1日の学校祭。


8月の最後の2週間は寝る間も惜しんで作曲に時間を費やし、13曲まとめてデータを贅肉野郎に送ったころには8月が終わる3分前だった。あっぶねぇー。質を下げるのは嫌だったので、かなり神経を使った。おかげで高いクオリティで作曲できた、と思いたい。一応、加賀監督からお墨付きはもらったので、大丈夫だとは思う。


午前中は3年生の劇、そして午後からが俺たちの出番である。毎年3年生の劇は気合が入っており、午前中ずっと見ていても飽きることは無かった。来年あれを自分もやるかと思うと今から憂鬱である。ちなみに陽菜乃先輩率いる3年A組はサスペンスだった。東尋坊の幻覚が見えるくらい迫真の演技だった。


午後になり、『ヒストグラマー』のメンバーで集まる。俺たちの出番は会長のコネにより大トリ、一番最後になった。出番までまだ時間があるため、控室になっている音楽室でギリギリまで音合わせをする。


「そろそろ前の組の演奏が始まる時間です。行きましょう」


ザキさんが呼びに来たので、ぞろぞろと駄弁りながらステージの裏に向かう。メンバーの顔を見るに誰も緊張はしていない。リラックスした表情である。いい空気だと、そう思った瞬間だった。


「キララと付き合ってください!」


女子生徒の告白が聞こえてきたのは。その女子生徒は俺たちの前の組のバンドのボーカル。どうやらグループ内のメンバーに演奏直前に告白したようである。


「ごめん、今は誰とも付き合う気はない。というかこのタイミングで普通告白してくるか?」


逡巡する素振りすらなく断り、更にはダメ出しをしてくる男子生徒。きっとこの男女、空気の読めなさは同じくらいだと思う。ある意味お似合いなのでは。


「う、」

「「「う?」」」

「うあぁあぁああああん!!!」


大粒の涙を流し、猛ダッシュでどこかに駆けていく女子生徒。ちょうどそのとき「最後まで見てくれてありがとー!」と言ってステージ上でダンスを披露していたグループが帰ってきた。


……あれ?この状況かなりヤバくね?次にステージ上で演奏を披露する予定だったバンドのボーカルの女子、泣きながらどっか行っちゃったけど?


「お前がどうしてもって言うから女子をメンバーに入れた結果がこれだよ。どうしてくれんだ!」

「はぁ!?告られたのはお前だろうが!なに人のせいにしてんだよ!!」

「お前らやめろよ!!」


ギタリスト同士の取っ組み合いの喧嘩が始まり、それを仲裁しようとするドラマー。現場は騒然となった。それをたったの一言で沈めてみせたのはやはりというべきか、現生徒会長の陽菜乃先輩であった。


「お前ら、か・え・れ」

「「「は、はぃいいいいい!!」」」


俺たちに背を向ける形で言っていたので顔は見えなかったが、きっと般若のような顔をしていたのだろう。取っ組み合っていた3人が仲良く震えながら我先にと逃げ出して行った。


「ということで、『キララと愉快な仲間たち』は棄権したから、繰り上げで私たち『ヒストグラマー』が演奏するわね?」


迫力のある笑顔でおろおろしていた実行委員に脅迫……提案した陽菜乃先輩。顔を真っ青にする実行委員の男子が可哀想でならない。というか『キララと愉快な仲間たち』って的を射すぎだろ。


「あ、ああああの、後夜祭の動画の編集が、ま、まだ終わっていなくて」

「あら。それは大変。あとどれくらいで終わりそうなの?」


後夜祭の動画、とは毎年学校祭の最後に学校祭の準備風景から実行委員が撮影してきた写真と、当日に撮った写真を使って動画を作成し、それを上映するのである。毎年大いに盛り上がるのだが、編集はそりゃ大変だよな。


「じっずっ、10分くらい、かと」


噛みに噛みながら実行委員が答えた時間。


「わかったわ。私()()で何とかするから、安心しなさい」


さっすが会長、言うことが男前だねぇ。……うん?私()()




~第12回執筆中BGM紹介~

コードギアス 反逆のルルーシュより「Stories」歌手:Hitomi様 作詞作曲:黒石ひとみ様


次回こそは学校祭でバンド演奏! 

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