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それじゃあつまらない

誤字報告ありがとうございます!

今回は陽菜乃→智夏→天馬→虎子→すみれ、と視点がころころ変わります。ころころ、ころころころ、ころころころころ…



それはまだ、『春を前に君は散る』というタイトルを天馬が付ける前のこと。



一条陽菜乃は懊悩する日々を送っていた。



基本的になんでも1位を取ってきた人生だった。人生だったって言っても、まだ20年も生きてないけどね。その20年未満の人生で挫折という挫折もなく、やりたいことを力づくでやってきた。


そんなやりたい放題の人生は期間限定で、いずれは父の会社を継ぐことになる。そのことに不満はないけれど、窮屈に感じる。だって、人生でやりたいことがたくさんあるから。恐竜の化石を新発見してみたいとか、宇宙飛行士になりたいとか。大抵、一人の人間が一生をかけて挑むようなことを、あれもこれもとやりたくなる。


バンド活動もその一つだった。”学校祭でバンド演奏してみたい”から”世界一有名なバンドグループになりたい”になって。だけどそれは”父の会社を継ぐ”とは決して交わらないもの。どちらかを選べば、どちらかを諦めることになる。


「全っ然、集中できないわ…」


ABC本選用の曲の作詞作業。自分で立候補したは良いものの、悩みが邪魔して全然作業が進まない。


「少し休憩されては?ハーブティを淹れましたから、お茶にしましょう」

「そうね。そうするわ」


従者的な存在の信が私の好きなハーブティを淹れてくれたみたい。落ち着く香りを堪能しながら、一口飲んだ。こうしている間にも刻一刻とタイムリミットは迫っていると思うと、ゆっくり堪能する気分にもなれない。


「ねぇ、信。私は将来、会社を継いでいるのかしら?それともヒストグラマーのボーカルをしているかしら?」


悩んで悩んで悩み抜いて、とうとう零れてしまった。


どちらを選んだら幸せかっていう話じゃない。どっちを選んでも幸せなの。だって、それは私がやりたいことだから。でも、どちらかを捨てろと言われたら、私には…


「それは、どちらか一つを選ぶべきなのでしょうか?」


予想外の言葉が返ってきて、脳の処理が追いつかない。


「え、え?だって、社長とアーティストは一緒にはできないじゃない」

「なぜです?」

「だってそんな人、今まで見たことないもの」


信の心底不思議そうに聞いてくる表情に、たじたじになりながら、言い訳じみた言葉を絞り出す。


「前例がないなら作ればいいじゃないですか。やりたいことを諦める一条陽菜乃は一条陽菜乃ではありません。あれもこれもと欲しがる子どものように、貪欲に強欲にやりたいことに全て挑戦するのが一条陽菜乃ではありませんか」

「…っ!」


信の言葉に頬を張り飛ばされたような気分になった。


いつの間にか、思考が守りに入っていたらしい。やりたいことをやってこその私。貪欲に強欲に、やりたいことに全て挑戦するのが私。


「さすがね、信。私より私のことを知ってるみたい。でもね、さっきの言葉に付け加えると、やりたいこと全てやってその全てで天下を取るのが私よ」


天上天下、唯我独尊。


その後、ものすごいスピードで歌詞を書きあげた陽菜乃の表情は、獲物を見つけたハイエナのようにギラギラしていたとか。





――――――――――――――――





『春を前に君は散る』は、キーボードソロから始まる曲。俺が作った、この5人で完成する曲。


誰よりも知っている、我が子のような曲なのに、まるで初めて聞くような音色が聴こえてくる。


陽菜乃先輩の繊細な歌声が時には力強く、時には儚く会場中に響き渡る。


天馬先輩、すみれ先輩、虎子の音が次々と加わり、深みのある曲が5人揃って完成……いや、音楽に完成なんてないんだろう。だからいつも、いつだって完成を超える音楽ができあがる。


『魅せてやろう』


会場中の視線が俺たちに注がれていることがわかる。ひときわ注目を集めているのはやっぱり陽菜乃先輩。ボーカルだし、ノリに乗ってとんでもない歌声を披露しているし。


でも、それじゃあつまらない。


ステージの上にいるのは、陽菜乃先輩だけじゃないんだよ?




――――――――――――――――




おいおい待てよ…!


こんな本番真っ最中にアレンジを加えてくるんじゃねぇよ智夏!


作曲者本人なだけあって、曲の雰囲気を損なうことなくアレンジを入れてきた。それは客にもなんとなく伝わったのだろう。


客の視線が陽菜乃と智夏に分散するのがわかった。


すげぇなー。あんな芸当、俺には…


「やらないんですか?」


智夏の視線が、俺を射抜いた。




――――――――――――――――




ちょっ!?


智夏パイセンがアレンジをし始めて、そのあとすぐに天馬パイセンまでイイ感じにアレンジを入れ始めたんですけど~?


すみれパイセンも2人のアレンジに歩調を合わせ始めたのがわかった。


みんなすごいなー。


虎子はそっちには行けないや。だって、食らいつくので精一杯だもん。


これ以上をやろうなんて、そんなの…


「おいで!」


陽菜乃パイセンが真後ろにいた虎子を指さした。おいでって、言われたような気がした。


そうわかった途端に、鎖でつながれたように重かった腕が、足が、無重力になった。




――――――――――――――――




陽菜乃はすごい。いつもすごいけど、今日はもっとすごい。


見てよ、客席の真ん中に座る女の子、泣いてるよ。


ステージ脇のスタッフも、演奏を終えたグループも、みんなみんな陽菜乃の歌声に…


…!


智夏君の突然のアレンジが入って、視線が2分された。そしてすぐに天馬、虎子に視線が分散した。


そっか。陽菜乃だけじゃない。5人で『ヒストグラマー』なんだ。


最後のピースが揃ったような、歯車が綺麗に噛み合ったような、そんな全能感を味わっていた。

~執筆中BGM紹介~

86-エイティシックス-より「LilaS」歌手・作詞:たかはしほのか様 作曲:澤野弘之様

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