『ひーちゃん』『しばちゃん』
ABC審査員の四方さん視点です。あの人やこの人が乱入。
「リーダー兼ボーカルの『ひーちゃん』にキーボードの『しばちゃん』……最近の若者は芸名も緩いなぁ。俺が学生の頃なんてバンド組んでる奴らの名前なんて尖ったものしかなかったぞ」
「四方さんお気に入りの『ヒストグラマー』の資料ですか?へぇ、5人中2人は芸名で活動ですか。……ってか全員まだ10代ですか!若いなぁ。それに比べたら僕はもうおじさんだ」
「阿久津がおじさんなら俺はどうなる」
「クソジジイじゃないですか?」
「おいこら、表出ろやこら」
「やだな~冗談ですよ~」
ABC本選当日。審査員の四方と阿久津は受け取った資料に目を通していた。
「こんな学生さんたちが芸名を使う理由ってなんでしょうかね?」
このくらいの歳なら本名で活動して有名になりたいとかそういうことを考えそうなものだが。他のバンドの資料にも目を通すが、ほとんどが本名や、名前のみ登録してある。『ひーちゃん』や『しばちゃん』など本名がまったくわからない名前で登録している者は少ない。
「犯罪者だったりして」
「なわけねぇだろ。ま、普通に考えて家族に反対されてるから、隠れてバンド活動してるとかそんな理由だろォな」
「学生さんが家族に隠れてバンド活動するっていうのは、大変そうですね~。僕は家族は応援してくれてますし、お金も出してくれてたんで不自由はあんまなかったですけど」
「恵まれた奴だな、まったく」
「それでここまで売れてるんですから」
「期待に応えるのも一種の才能、かもな」
「スターの才能ですね」
「そーだな」
「そこは否定してくれないと」
生憎と、それを否定できるだけの理由を四方は持ち合わせていなかった。
この生意気小僧は、目上の者を敬わないし年長者に対する配慮なんて微塵もないが、それが許されるだけの実力を持っている。
「―――、――」
「――!―――」
審査員控室の外がにわかに騒がしくなってきた。
「なんだ?」
「ちょっと四方さん見てきてくださいよ」
「ヤダよ。なにしれっとオッサンを使いっぱしりにしようとしてんだ」
四方と阿久津が小競り合いをしている間に声がだんだんと近づいてきて、部屋に入って来た。
騒がしかった理由はスタッフがこの男を見て騒いでいたかららしい。
「あぁ~、スペシャル審査員って、横浜君だったんだ」
「今日までずっと隠してたんだ~。驚いた?」
「めちゃ驚いた」
音楽界のホープと芸能界のホープが親しげに会話をしていた。その姿は友人同士のそれだったのだが。
「お前ら知り合いだったのか?」
「「初対面」」
「初対面同士の会話じゃなかったぞ。お前らの距離感どうなってんだ」
本選当日に発表されるスペシャル審査員の俳優、横浜真澄を交えながら3人でこれから審査するバンドについて話し合うのだった。
本選出場は全10チーム。前半の5チームの演奏が終わり、一旦休憩に入る。
予想通りとはいえ、拍子抜けだった。レベルが低いというか、ぬるいというか。スペシャル審査員が横浜真澄だと発表したときの方が客席が盛り上がっていただろう。
与えられた10分間の休憩で控室に戻って菓子でも食おうかと考えていたとき、スタッフが血相を変えて審査員席の近くに椅子をセッティングしていた。
「誰か来るのか?」
慌ただしく動くスタッフの一人を捕まえて、事情を聞く。
「スポンサーの会社の上の人の娘さん?が急遽来るらしくて、それの準備です!これから迎えに行かなきゃなんで失礼します!」
すったかたーと走り去っていったスタッフを見送る。今日はステージの外の方が面白いな…。さて、どんな我が儘娘が来るのか見物してやろうと決め、審査員席に座り直す。
「あれ?四方さんは控室に戻らないんですか?」
横浜と阿久津が楽しそうに話していたが、座り直した俺に気付いてわらわらと寄ってきた。
「親のコネで席をねじ込ませた我が儘お嬢様を拝んでやろうと思ってな」
「そんな面白そうなことになってるんですか?」
「本当にそういうことってあるんですねぇ」
さっき飛び出していったスタッフがへこへこしながらスタジオに入って来た。後ろには真っ黒なライダースーツを着た美女が。
「おい阿久津!」
「あの人めっちゃ美人っすね!」
「あのお嬢さんの名前聞いてこい!」
「わっかりました~」
「え?マジでいくの?」
阿久津が一瞬でライダースーツの美女に駆け寄り、なにやら盛り上がっている。そして話を終えると戻ってきた。
「なんか、出場者に知り合いがいるっぽいですよ」
「ほォ~。そんで名前は?」
「あ、聞きそびれた」
名前も聞かずによくあそこまで話を盛り上げられたな…。現代っ子のコミュ力ぱねぇぜ。
「それでは、最後のグループに上がってもらいましょう!ヒストグラマー!!!」
ヒストグラマーのメンバーがステージに上がり、ボーカルの仮面を被った少女がスタンドマイクに手を添え、歌声を響かせる。
一瞬で、会場にいた全員が引き込まれ、彼らの音楽に魅せられた。




