しっかり掴まってな
サブタイトルは作者が言ってみたいセリフ第13位くらいの言葉です。
予定よりもだいぶ遅れて家を出て、全力で駅まで走る。このままでは大会に間に合わない。俺のせいでみんなの今までの努力が水の泡になるなんて許されない。どうにか、どうにかして間に合わせないと…!
ブゥゥン、ブゥゥン!
「Hey!サニーボーイ!こんなところで奇遇だねぇ」
急げ急げ急げ。早く信号変われ!青になれ!
スマホで電車の時間を確かめると、そこにはなんと遅延情報が。え…、電車もダメならどうする?今からでもタクシーを捕まえて…、
「おや?サニーボーイ?聞こえているだろう?お~い、こっちを向かないなら、チューしてあげよう」
「ちょっと俺いま急いでるんで!ほんとに、宝城さんに構ってる暇ないんで!」
宝城時音。おっきなバイクにまたがっていた真っ黒なライダースーツを着た女性。『四界戦争』のために作っている曲の演奏をしてくれている人で、かなりの変人。音は撮り終わったからもうこの人と関わることは二度と無いと思ってたのに…。
とりあえずこの人に構っている暇は俺にはない!
俺の切迫した表情を見て、宝城さんがバイクの後ろを親指で指した。
「急いでいるなら乗っていくかい?」
「お願いします!」
初めて宝城さんが気の利いたことを言った!
ポイ、とヘルメットを投げられ、あたふたとキャッチする。ヘルメットはド派手なピンク色だが、文句はない。喜んで被らせていただこう。
「しっかり掴まってな、チェリ、サニーボーイ!」
……チェリーって言おうとしたか?そのお口を縫い付けてやr…
まぁ、落ち着け俺。いまはとりあえず。
「安全運転かつ爆速でお願いします!」
ブゥゥゥゥゥゥン!!!
返事の代わりにエンジン音で返事をした宝城さんに若干嫌な予感を覚えながら、しっかりと腰に手を回すのだった。
「、、い!サニーボーイ!目的地に着いたぞ~」
「はっ!いま、走馬灯が見えたような」
「天国でも見えたかい?」
「いえ地獄でした。けど、ありがとうございます!おかげでギリギリ間に合いました!後で、なにか、お礼をしますー!!」
会場に駆け込みながらお礼と次の約束と共に駆け込む。最後に振り返ったら、宝城さんは俺が返したピンク色のヘルメットを胸の谷間に収納……
バァン
「君、大丈夫か!?ものすごい勢いで自動ドアにぶつかったけど!」
おぅふ。からかわれたな、これ。絶対そうだ。宝城さんの高笑いが聞こえるし。
「Buona fortuna!」
いや、何語?
笑いながらも俺の背中に激励を飛ばしてくれた宝城さんだが、何を言われたんだろう。多分「頑張れ」みたいなことだと思うけど。
振り返らずに軽く手を振って、今度こそ建物の中に入る。
受付の人に関係者控えの場所を聞き、駆け込む。ギターと違ってキーボードは運営が貸してくれるそうだから、こういうときは身軽で便利だ。
大広間みたいな控室を見つけて飛び込んだ。
「間に合ったか智夏!」
「ひやひやした~」
「ご家族は大丈夫そうかい?」
「水飲む?」
天馬先輩が最初に俺に気付いて笑ってくれて、虎子が胸を撫で下ろしていた。陽菜乃先輩はあらかじめ連絡しておいた「家族の体調不良」を心配してくたし、すみれ先輩は走ってきた俺に水が入った紙コップを渡してくれた。
水を飲んで、あたりを見渡すと、他の出場者たちも同じ控室にいることに気付いた。本番はもう始まっているから、人数はこれでも少なくなっているのだろうが。
控室に設置されたテレビには、現在演奏しているバンドのリアルタイム映像が流れている。
「みんな予選の動画より上達してんなー」
「なに上から目線で言ってんの?」
「サーセン」
天馬先輩とすみれ先輩がまた、夫婦漫才してる…。
俺たちの出番まであと少し、マスクを着けて眼鏡を外して……軽装すぎだろうか。なぜか俺だけ通行人の格好なんだが。普通の私服に黒いマスクで。
「やっぱりお揃いの衣装を作った方が良かったかな?」
「俺、金欠だから無理。あと、俺らはビジュアル系じゃないから私服で爽やかな感じで攻めようって言ったのはすみれだろ?」
「そりゃそうだけどさ~、他のグループが結構お揃いの衣装とかだからさ」
ヒストグラマー全員、私服。これは事前に話し合って決めたこと。女性陣の私服は可愛いかったりちょいとセクシーだったり。一方で俺たち男性陣は360度どこから見ても通行人だ。
「これこそ私達っぽくていいじゃない?さて、それじゃあ行きますか!」
学校祭や卒業式後の演奏で、SNSの隅っこの方で秘かに名が知られていた俺たち『ヒストグラマー』。
「魅せてやろう」
彼らの輝かしい活躍は、ABCから始まったとファンは語る。
「聞いてください、『春を前に君は散る』」
後にこの曲を基に泣ける恋愛実写映画が制作され、異例の大ヒット。
西原天馬、高比良すみれ、為澤虎子はバンド活動をしながら、それぞれ音楽関係の仕事で第一線で活躍した。
本名が公表されていないボーカルとキーボードの2人の私生活は謎に包まれていたが、この2人が作詞作曲を手掛けた曲は必ず売れるという伝説ができるほど、その名前は後世まで語られることになるのだった。
作詞の『ひーちゃん』、作曲の『しばちゃん』と…。
~執筆中BGM紹介~
グッドワイフより「Aurora」歌手:BUMP OF CHICKEN様 作詞・作曲:藤原基央様




