貰いもん
俺の家に泊まってくれという冗談みたいな話をされた翌日。
「この部屋、好きに使っていいから」
「ひっろー…」
タワーなマンションが立ち並ぶ、いかにも芸能人がいっぱい住んでます、みたいな高層マンションの一室に俺は一週間宿泊できる荷物を持ってやって来ていた。
「ここに来るとき、誰かに見られた?」
「いや、誰にも会わなかったし見られてもいないと思います」
「そっか。なら良かった」
この会話だけ聞くと、まるで芸能人と隠れてお忍び恋愛している恋人とのやり取りっぽいがまったくもって違う。家主である横浜さんがストーカー(男)被害に遭っていて怖いからしばらくの間、家に泊まってほしいと頼まれたのだ。
だがこれは根本的な解決にはならない。
「泊まりに来たのはいいですが、これからどうするんですか?」
「そこなんだよなぁ。やっぱ直接対決しかないか……」
「え!?危ないですよ。屈強なラガーマンみたいな男だったらどうするんですか」
「チラッと見た感じ、強そうではなかったような気がすんだよなぁ」
「なんですかその頼りない情報は」
”チラッと”と”気がする”のコンボはかなりの不安材料だ。
「御子柴君コーヒー飲む?」
「いただきます」
余っていた部屋を俺の部屋として丸ごと渡してくれて、荷物をそこに置いているとリビングにいた横浜さんから声が掛かる。
俺に渡してくれた部屋はベッドがひとつとドレッサーとクローゼットだけが置いてあった。多分、たまに来るという横浜さんのお母さんが泊まる用の部屋なのだろう。
リビングに足を踏み入れると、……それはそれは汚かった。段ボール箱に服に雑誌に。動線の部分には物が無いが、それ以外は物置と化している。
「コーヒー飲んだら、掃除しましょう」
「え~」
「掃除、しましょう」
「……はい」
今日は仕事がオフの日だと聞いたので、しっかりと掃除に付き合ってもらう。
コーヒーメーカーで淹れてくれたコーヒーを飲み終え、そこから2時間みっちり男2人でリビングの掃除をし、なんとか見れるくらいにはなった。
「もう夕飯の時間だけど、どーする御子柴君」
「うちのできる弟、秋人君から晩御飯のおかずを預かってますよ」
「まじで!?よっしゃ、お米炊いてこよっと。………炊飯ジャーってどこだっけ?」
「さっき発掘して電子レンジの横に置いておきましたよ」
「さんきゅ」
横浜さんがお米と格闘している間、俺はタブレット端末を取り出して、ABC本選用の曲を改良していく。
「『四界戦争』の曲?」
「ぉわーー!?」
「あ、ごめんごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど」
完全に周りが目に入らないほどに集中していたため、視界にいきなり入って来た横浜さんにかなり驚いてしまった。まるで幽霊でも見たかのような俺のリアクションに、横浜さんも驚いている。
家ではこんなことないのにな……あ、そもそも俺が集中しているときは話しかけないようにしてくれているのか。家族の気遣いに離れてから気づき、ジーンと目頭が熱くなるのだった。
「俺、高校でバンド組んでて、そのバンドで演奏するオリジナル曲です」
「へぇ!バンド組んでんだ。いいね、青春って感じ!御子柴君はキーボード?」
「はい」
「それなら!」
と言って横浜さんはリビングを出て、一番近くの扉を開けた。その扉は重厚感のある、見覚えのあるものだった。
「ここ、完全防音の部屋なんだ~。しかもしかも!」
完全防音の部屋に横浜さんが入っていったので、その背中についていく。
「じゃじゃーん!キーボード!とギターもあるよ」
「おぉー。横浜さんも音楽やってるんですね?」
「いや全然。ここの楽器は全部貰いもん」
「へぇ。キーボードもギターも結構いいものですよ。大切にしてあげてくださいね」
「わかった!」
良いお返事。小学1年生か。素直すぎて年上なのに心配になるわ。
「ここに泊まってる間、好きに使ってよ」
「いいんですか!?」
「お、今までで一番の食いつきだねぇ。……じゃ、行こうか」
「へ?」
どこに?
~執筆中BGM紹介~
余命10年より「うるうびと」歌手:RADWIMPS様 作詞・作曲:野田洋次郎様




