特技
おいしいご飯のお礼に皿洗いは任せて!と意気揚々と台所に向かった横浜さんの背中を見送り………
お客様に皿洗いを任せている間、俺たちは一体なにをしていればいいんだ!?という謎の焦燥感と罪悪感に駆られ、特にやることもないので横浜さんの皿洗いスキルをみんなで後ろから眺めてた。
「こんなに皿洗いに注目されることある?」
横浜さんは苦笑しつつ、意外と慣れた手つきで皿を洗っている。
「自炊は苦手って言ってたのに、皿洗いは得意なんですね」
「あー、それね。幼馴染がよく手料理とかお菓子とか作る人で、ついでとか試食とか毒味とかいろんな理由をつけてよく食べさせてもらってたんだ。皿洗いはそのお礼でやってたから、特技みたいなもんよ」
「人気俳優の特技が皿洗いって…」
素晴らしい実用的な特技だけど地味というか。
「案外こういう庶民的な特技の方が世間的に好感度高いんだよなー。ま、公表はしてないけど」
テレビ的に映えないし、と付け加えた。
そんな現実を聞いてしまった冬瑚が純粋な曇りなき目で鋭い質問をする。
「じゃあ芸能人はみんな嘘をついてるの?」
サンタさんって本当にいるの?くらいに答えが難しい質問。だが、横浜さんはちょうど皿洗いが終わった手を拭いて、冬瑚に目線を合わせてしゃがむと、こう言った。
「嘘はバレなきゃ嘘じゃないんだよ!」
「子供になに教えとんじゃい」
真剣な顔をするからてっきり、人生のためになるような良いことを言ってくれると思ってたのに…。
「だって、清純派で売ってる○○と、某人気アイドルの**が影でこっそり付き合ってたり、動物番組のMCをやってる芸人の△△が本当は動物嫌いとか……」
だんだんと冬瑚の目が冷めてきているような。芸能界、怖いっていう顔だ。あの歳でもう現実を知ってしまうなんて。
「でも嘘をつくことで誰かが幸せなら、結果オーライさ」
そういうものなのか…。
「じゃあお兄ちゃんも嘘つきなの?」
「そうだよー。泣く子も黙る、とんでもない嘘つきだよ」
「どんな嘘をついてるの?」
「んー。家族仲は良好、とかかな」
「りょーこー?」
単語の意味がわかなくて首を傾げる冬瑚の頭をひと撫でして、寂しそうに横浜さんは笑った。
……。
「おい、御子柴に御子柴弟!妹の頭を拭くな!俺はバイ菌か!なんかシリアスな雰囲気だったのに台無しだよ!」
「だって、他人の妹にちょっと馴れ馴れしすぎないですか?」
「なんかイラっとしたんで、つい」
「君ら、どんだけシスコンだよ!?」
だって、ねぇ?
「2人で顔を見合わせるなシスコン兄弟」
「「へへへ」」
「褒めてねぇ!」
香苗ちゃんがお茶を淹れてくれたので、5人でまったりする。なにかを忘れているような……あ。
「すっかり忘れてましたけど、ストーカーがどうのって話をしてませんでしたっけ?」
「そういえばそんな話もしてたわね〜」
なぜだか疲れ切った様子の横浜さんに、昼食中に遮った話の続きを促す。
「そうだったそうだった。御子柴兄弟に気を取られてて、当事者なのに忘れてたよ」
忘れるくらいなら大したことはないのでは?と思ってしまうが、これを馬鹿正直に言うとまた疲れさせそうなので黙っていることにする。
「仕事から帰るときにさ、ふと後ろを振り返ると電柱の影に人がいるんだよ。俺が早歩きをしたら後ろの人も早歩き、俺が立ち止まると後ろの人も立ち止まる。しかもそれが1週間ずっと続いてんだー。これってどう思う?」
「ストーカーですね」
「ストーカーね〜」
「ストーカーだな」
「スカートーだよ!」
スカートて。たしかに似てるけども。香苗ちゃんが「ギャグセンス高いねぇ」と冬瑚をヨシヨシしている。俺もそう思う。うちの妹、多才だよねェ!
「しかも1番怖いのがさ、そのストーカーさん、男なんだよね」
「「「それはヤバイ」」」
横浜さんが最後に付け加えた一言に、冬瑚以外の3人が戦慄する。
「横浜さんがとんでもないことになってるのはわかりましたけど、なぜここに来たのかは謎のままなんですが」
ストーカー被害は横浜さんの事務所や警察に言うべきであって、俺たちの元に来ても解決なんてできっこない。
「今は主演のドラマもあるし、これから『四界戦争』も放送されるし、朝ドラだって決まってるんだ。この大事な時期に警察沙汰なんて起こしたくない」
「それなら友達とか、さっき言ってた幼馴染さんに相談した方が良かったんじゃ……」
「友達いないんだよね、俺。幼馴染は女の子だから巻き込めない。1番気兼ねなく相談できるのが、なんでも思ってることを遠慮なくずけずけ言ってくれる生意気な年下だったってわけよ」
あれ?もしかして喧嘩売られてる?
でも気持ちはわからなくもない。身近な人には心配かけたくないものだ。
「それで、横浜さんは俺にどうしてほしいんですか?」
「俺の家にしばらくの間、泊まってくれない?」
「……え」




