ダブルd
「”謎の紙袋ピアニストの正体とは!?”って、めっちゃ騒がれてんな」
西原天馬、『ヒストグラマー』のベース担当。音楽の専門学校に通っていて、色々あって迷走して挫折して立ち直った人。髪形はバンドマンっぽい。アップ……バ…、アップバング?って言っていたような。この前会ったときより耳にピアスが増えていて、街中で目があったらビビッて目を逸らす自信がある。それにしても痛くないのかな、耳に穴をあけるって。しかもピアス穴って時間が経てば塞がるって聞くし、人体ってすごいよね。
「その場にいた大勢の通行人が動画を撮ってSNSに上げてるからね」
毛先を緑色に染めた女性は、高比良すみれ、『ヒストグラマー』のギター担当。会計の専門学校に通っていて、最近天馬先輩と付き合い始めた熱々カップル。髪を下ろしているから見えづらいけど、耳には彼氏とお揃いのピアスを付けていることを俺は知っている。いずれこのネタで熱々カップルをからかってやろうと画策中だ。
「今でもまだ拡散されてる~すごご~」
少し長めの前髪をヘアゴムでおでこの上に結んでいるのは、為澤虎子、『ヒストグラマー』のドラム担当。ヘアゴムに付いている飾りが可愛くデザインされた虎で、さっきから俺と目が合っている。こころなしか、あの虎の顔が俺をあざ笑っているように感じるのは、場の空気のせいだろうか…。
「この”正体不明の紙袋男”って誰のことだろうねぇ?後輩君?」
最近流行りのウルフカットなるカッコかわいい髪形なのは俺たちのリーダー、一条陽菜乃、『ヒストグラマー』のボーカル担当。子供のイタズラに対して犯人はわかっているけれども、あえて自分から罪を白状することをうながす親みたいな、この構図はなんでしょうね。もちろん俺はイタズラがバレてる子供なわけですけど!
「誰でしょうね?紙袋を被るなんて、不思議な人もいるもんですね」
はは、ははは!と一人だけ声を出して笑いながら、なんとかしてこのジトっとした視線から逃れられないかと悪あがきを続ける。
「これ、後輩君だよね」
「…」
陽菜乃先輩の確信がこもった言い方に何も言い返せない。ていうか、別にこの人たちには隠さなくてもいいのでは?と今更ながらに気付いた。こういうことをやって毎回ドリボの社長に叱られてたもんだから、つい隠ぺい癖ができてしまったみたいだ。
「気づいてしまったなら仕方がありませんね。そいつの正体は俺です!はい、この話おーわり!」
休憩時間なんだからもっと休憩らしい話をしよう。そう、例えば天気の話とかね。曇天のこの空模様について語り合いましょうよ!
「「おーわり!」じゃねぇよ、智夏。お前なんでこんな面白い事に誘わなかったんだよ?」
「全然面白くないですよ、天馬先輩。それにはやんごとなき事情というものがあったんです」
「やんごとなき事情って?」
「それは…」
言えない。彼女と、友人の彼女を人だかりから救出するために、紙袋を被って演奏したなんて口が裂けても言えない。だから結局こんな言い方になってしまった。
「まぁ、色々です」
「ちーなーつー!」
両肩を掴まれて前後にぐわんぐわんと揺さぶられたが言えないもんは言えないとです。
俺が言う気がないのがわかったのか、ようやくゆさぶりから解放されると、陽菜乃先輩が何気なく聞いてきた。
「後輩君はなにしにそこへ行ったの?」
「なにって、ダブルd……」
「「「ダブル?」」」
俺の口の軽さは一級品だよね。普通に「ダブルデート」って言いそうになったんだが。もう「d」の音でてたもん。そりゃ暴走列車を突然止めろって言われても無理だよね。
現実逃避しつつ、なんとかして逃げ道を模索していた俺が捻りだした回答がこちら!
「ダブル……、ダブルボーカルもいいんじゃないですかね…」
「「「ダブルボーカル?」」」
ツインボーカルとも言う。
質問の答えにもなっていないし、こんな答えで納得なんてしてくれないだろうなーと明後日の方向を見ていたら、天馬先輩にバシッと背中を叩かれた。
「いいじゃんそれ!」
「なーんか足りないと思ってたらそれか~」
「後輩君ってもしかして天才かな?」
「パイセン、ぐっどアイディア!」
ABCの予選、本選ともにツインボーカルにしてはどうかと話はあれよあれよと進み、俺が紙袋を被ってストリート演奏していた件はみんな忘れたようだった。
もしかして俺、話を逸らすのがうまいのかも…?
~執筆中BGM紹介~
鹿の王 ユナと約束の旅より「鹿の王」歌手:milet様 作詞・作曲:Toru様/milet様




