達成感
301話目からもよろしくお願いします!
井村から別れ際に奪い取ったお菓子が入った紙袋。その中身は後一つだけ残っていたので、カラカラの口の中に放り込む。空になった紙袋の底を上にして、横並びに2つ穴を指で開けて、躊躇いもせずに頭からそれを被る。
「見にくいな…」
伊達メガネは外してポケットに突っ込む。これで視界が多少クリアになった。
周囲からの視線を紙袋越しに感じながらも、足は止めない。彩歌さんをあの人ごみから脱出させるために必要なもの。
「すみません!キーボードを少しお借りしてもよろしいでしょうか!」
「突然なに……え、紙袋被ってる……絶対へんなひと…」
紙袋を被った人間に、突然弾き語りをしていたキーボードを貸せと言われたのだ。呆然となるのもわかる。でも、ここで諦めるわけにはいかない!
「お願いします!貸してください!演奏させてもらうだけでいいんです!」
「え、演奏だけ?あのーよくわからないんですけど、僕が歌うんなら演奏してくれて大丈夫ですよ」
「そうですよね無理ですよね……へ?いいんですか!?」
「僕、演奏へたっぴなんで。お兄さん変だけど、変だからこそみんな見てくれるかなって」
通行人たちはいま、彩歌さんのところに群がっているか、無関心に通り過ぎていくかで彼の演奏を足を止めて聞く者はいなかった。なるほど、利害の一致ってやつですな。
「俺も、注目を集めたいと思ってたんです」
「紙袋だけで注目は集まってると思いますが」
「こんな注目じゃ足りないです。あそこに固まっている人たち全員を俺たちに釘付けにさせましょう!」
俺の言葉に一瞬震えた後、彼は大きく頷いてマイクを握った。
「さっきツキクラの主題歌を歌ってましたよね?もう一度、歌ってもらっても?」
「僕が一番好きな歌です!任せてください!」
普段の演奏なら緊張もしないのだが、さっきから口の中がカラカラだ。注目を集めるための演奏。弾き方も魅せ方も考えろ。全身で演奏するんだ!
「~♪」
隣でマイクを握る彼が驚いて俺を見るのがわかった。だけど、まだ足りない。もっと、もっと、もっとだ…!
彩歌さんや陽菜乃先輩とも違う、粗削りだけど青い熱がこもった良い歌声。演奏に置いて行かれてたまるかという根性も感じる。
彼はこれから伸びるだろうな、と思いつつ周囲を紙袋の穴から確認する。道を埋め尽くさんばかりの観客たちが目の前にはいた。
大人も子供も関係なしに俺たちに惹きつけられていた。どうやら注目を集めるという目的は達成したみたいだな。
彩歌さんたちは……良かった。井村がうまく連れ出してくれたみたいだ。
背を向けて走っていた彩歌さんがちらりと一瞬俺を見た気がした。が、それも観客の波の向こうに消えて見えなくなった。
これでもう俺の役目は終わった。あとは演奏を終えてこの場から離れるだけ。
最後の一音を奏で、即興ストリート演奏は大成功に終わった。これで手伝ってくれた彼の歌声や名前も人の目に触れて万々歳だ。
「紙袋のお兄さん!めちゃ演奏すごいっすね!やばいくらいすごいです!」
「Fuyutaさんも良い歌声でした。では!」
「え、ちょ、もう行っちゃうんですか!?せめてお名前だけでもー!」
「名乗るほどのものではございませんー!」
一応、彩歌さんたちが向かった方向とは逆に走り、人ごみを抜ける。幸い、逃げた俺を追いかけてくる人もいないみたいで、紙袋を外してポケットにしまってあったスマホと眼鏡を取りだす。
『映画館の前で待ってる』
井村からメッセージが入っていたので、眼鏡をかけてまた走る。映画の開始時間まであとわずか。
ホラー映画が俺を待っている!じゃなくて、彩歌さんが俺を待っている!
じわじわと胸に広がる達成感に満足しながら、風を切って走るのだった。
~執筆中BGM紹介~
夏目友人帳 伍より「君をば待たむ」作曲:吉森信様




