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優秀な人材、捕獲しました!




「軍曹、そろそろお昼にしようよ~」

「あーそうだな、ちょっと準備してくるから、掃除やっといてよね」

「りょうかいでありまーす」


甥っ子を二人引き取ってからもう2か月が過ぎた。せっせと手を動かしながら、出会った頃を思い出していた。





――――――――――――――――――――




夏くんと秋くんの存在を知ったのは、2か月前。突然知らない番号から電話がかかってきて、訝しみながら電話に出たことを覚えている。そこで初めて自分の兄が亡くなったこと、そして兄の2人の子どもの身寄りがないことを知らされた。


兄は家出したきり音信不通だったので、亡くなったと聞かされてもいまいち実感が湧かなかった。


数年前に離婚したという夏くんたちのお母さんは所在不明らしく、私に子ども2人を引き取ってほしいと言われた。うちは両親ともに亡くなっているので確かに身内と呼べるのは私だけかもしれないが「はい、そうですか」と言って軽々しく引き受けられるものではない。とりあえず兄の葬式に参列するために、私はあの2人に会いに行ったのだった。


聞いた住所に到着し、家の大きさに圧倒されながらインターホンを鳴らす。門をくぐると、庭は相当荒れており、長い間手入れされていないことがわかる。庭を観察し、違和感を覚えながら玄関に向かった。出迎えてくれたのは、綺麗な青い目をした智夏くん。その後ろから警戒心を(あら)わにした秋人くん。


「あんた、あの()()の妹なんだってな。兄貴になんかしたらただじゃおかねぇからな」

「こら、秋人。いきなり失礼だろ」


()()とは、やはり私にとっての兄、この子たちにとっての父のことだろう。弟の秋人くんの私に怯えながらも、これ以上傷つけられまいと必死な顔と言葉。そして首や顔に包帯が巻かれて痛々しい姿の兄、智夏くん。


「あの、通夜も葬式もやる予定はないので……」

「そ、そうなの」


事前に事情は聞いていた。兄が智夏くんに虐待をしていた疑いがあること。9年前から兄は働いておらず、絵画を売って生活していたこと。同時期に智夏くんが学校から姿を消したこと。


知らなかった、では到底許されない。死んだ兄をぼこぼこにぶん殴ってやりたい。


「じゃあ、うちに来ない?」

「え?今そういう流れでしたっけ?」

「ちっちゃいことは気にしないの」

「は?何言ってんの?」


本当に何を言っているんだろうね。でも、この子たちのことを知ってしまったから。目の前で見てしまったから。もう見て見ぬふりなんてできない。


「うちは田舎の一軒家だけど、住んでるのは私だけだし、部屋は余ってるし。うんうん。いい考えじゃない?」


そう言って、電話番号を書いた紙を渡す。


「気が向いたら電話してね。いつでも大歓迎よ」

「「……」」


二人ともポカンとしてるけどどうしたのかな?


「それじゃあ()()()。智夏くん、秋人くん!」





――――――――――――――――――――





その後わりとすぐに連絡があって、2人をこの家に迎えることになった。私は仕事が忙しくあまり家にいないので、2人ともすぐ馴染んだと思う。


最初の方は私が料理をしていたのだが、手を血まみれにする私をみかねて秋くんが料理、というか家事全般を代わってくれた。秋くんの料理はおいしいし、家事はテキパキとこなすし、いいお婿さんになるね。


ただ、まだ小学6年生なので、無理をせず、子供らしく外で友達と遊んでほしいところだが。


そして驚いたのが夏くんの容姿。前髪に隠れてよくわからなかったが、めちゃくちゃカッコいい。母方の血に他国のものが入っているのか、両目が青色だ。秋くんは黒目なので、父に似たのだろう。そして多分夏くんは母に。夏くんだけ虐待されていた原因はこの容姿、というか2人の母に関係があるのではないかと思っているが、子どもたちの前では父親の話以上に母親の話はタブーなので、なかなか聞き出せずにいる。


「ふぅ」


掃除も一区切りついて、一息つく。心配していた夏くんは学校では友達ができたらしいけれど、反対に秋くんはどうやらうまくいっていない様子。心配だが、見守るほかない。


「♪~」


ふとピアノの音が聞こえた。隣の部屋から聞こえてくるので、夏くんが弾いているのだろう。


聞いているだけで心が温かくなるような音色で。ふらふらと引き寄せられるように、音の鳴る方へと向かう。


『ありがとう』


とピアノの音色を通じて言われているような気がした。涙がぽろぽろと流れ出して止まらない。


本当は、二人が私のことをどう思っているのか知るのがずっと怖かった。自分たちを傷つけた男の妹と一緒になんて過ごしたくないのではないか。後悔しているのではないか。聞きたくても聞けなかった。でも、今日ようやくその答えを得られた。あのとき、この子たちを引き取って正解だったと、そう思えた。


「あ、香苗ちゃ……ん?どうして泣いているの?」

「ふふっ。なんでもないよ。ねぇ夏くん。今の曲聞いたことないけど、なんていう曲?」

「曲の名前はないよ。いま、思いついた曲だから」

「え!?即興で作ったってこと!?!?」

「そうだよ」


うちの子すごくない?全人類に自慢したい。


「すごい、すごいすごいよ!プロのピアニストになれるよ!」

「……ピアニストには、ならないよ。だってそれは、あの女と同じになってしまうから」

「そっか……」


この子たちの母親はピアニストだったのか。


「まぁ別になりたいとも思ってないですし」

「そ、そう?それじゃあ作曲家さんとか……」


作曲家……そういえば、社長が、


『専属のサウンドクリエイターが欲しい!』


とかなんとか言ってたな。いい人材見つけたら捕獲しろとかそういえば言われてた。


「作曲家、ですか?俺には無理ですよ」

「いいや、なれる!ということで、うちの会社でバイトしてみない?」


夏くんの薄い体に抱きついて、逃げられないように捕獲する。


「香苗ちゃんは脈絡が無いよね」

「いつものことさ」


社長、優秀な人材捕獲しました!


「ご飯できたぞーって、何やってんの?」

「人材捕獲」

「よくわかんないけど、人材確保じゃなくて?」

「捕獲」

ゲットだぜ!

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