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紙袋



お化粧直しが終わって久保ちゃんと2人、智夏クンたちのところに戻ろうとしたときだった。


「もしかして声優の鳴海彩歌?」

「うわぁやっばいまじで可愛い!」

「顔小っちゃい!」

「あのあの!あたし大ファンで!」

「そ、そうですか。ありがとうございます…」

「キャー!!!いい声!!!」


女性組4人に囲まれてしまった。しかもかなりお酒くさい…。私に用があるようだから、とりあえず久保ちゃんだけでも戻ってもらおうと思い、こそっと耳打ちする。


「久保ちゃん、先に戻ってて」


久保ちゃんは私とファンだという女性たちを交互に見た後、微かに首を横に振った。


「心配だから、一緒に…」


いる、と言う前に、女性4人組のうちの1人が遮った。


「ねぇ~?さっきからあたしらのことガン無視して2人でコソコソと。ひどくない?」

「そもそもこのチビ誰よ?」

「もしかしてお友達とか?全っ然、釣り合わな~い!」

「ミホひどーい」

「あたしたちとお友達になった方が百倍イイって!」


キャハハと耳障りな甲高い嘲笑が久保ちゃんに向けられる。


ここで言い返したりしたら、余計に突っかかってくることはわかってるっス。でも、それでも!


「私は釣り合うとか釣り合わないとかで付き合う人を選んだことはないっス。私は……私の友達にひどいことを言う人たちと友達になる気はない!」


久保ちゃんの手を握って、足早に去る。智夏クン達に迷惑をかけないように、彼らが待つ場所とは反対側に向かって歩く。智夏クンに少し遅くなるって連絡しないと…


「待って、待ってよ~!」

「怒らせちゃってごめんね?」


げ。まさか付いてくるなんて。チラッと後ろを振り返ると…


「なんか増えてるっス…」


さっきの酔っ払い女性陣と騒ぎを聞きつけた耳の早い男性たち(アニメTシャツ着用)が後ろから付いてきていた。


「彩歌たん、このままじゃ2人のところに戻れないよ。……こうなったら私があいつら蹴散らしてくるから、その隙に彩歌たんはミサイルを撃ち込んで!」


グッとサムズアップしながら久保ちゃんが冗談交じりに提案してきた。よかった、さっきの言葉、気にしてないみたい。


「久保ちゃん、平和的解決の方向でいこう」

「は~い」


このまま逃げてるだけじゃ埒が明かないっス。足を止めて一人一人対処しようと腹を括って振り返る。


……………あるぇ?なんかまた人数増えてるぞォ。これは対処、しきれるかな?


「自分、鳴海さんと直接お会いするのは2回目でありまして、」

「レクイエムの撮影風景の動画で、」

「ツキクラを見てから初めて、」

「私、声優を目指してて、」


さっきまで先頭にいた酔っ払い女性組はいつの間にやら隅に追いやられ―――というか遠目でよくわからないけれど、さっきの現場を目撃した人たちからお説教をされているっぽい―――ファンの人だったりアニメを好きな人だったり声優の卵だったり、とにかくいろんな人が一斉に話しかけてきた。


「いつも応援ありがとうございます!あの動画を見てくれてありがとう!ツキクラは今度劇場版が上映されるから是非見てくださいっス!自分をしっかり持って、頑張ってください!」


返事になっているのか怪しいくらい短い返事をそれぞれに返すと、おぉぉ、とどよめきが起きた。そしてその人たちからの更なる質問、さらには周囲の人たちがここぞとばかりに話しかけてくる。さ、さすがにこの数を相手にするのは無理だったかも…!?


「こら、押すなー!!!」


人波がだんだんと押し寄せてきて、久保ちゃんが食い止めようと前に出た。


久保ちゃんが潰れちゃうっスー!!


潰されないように自分の方に久保ちゃんを引き寄せたときだった。


「~♪」


耳に力強い音が流れ込んできたのは。まるで曇天に差す一筋の光のように。しっかりと力強く、それでいて暖かいこの音を、私は知っている。


「なんだこの曲?」

「ツキクラのOPだ!」

「めっちゃ上手い!誰が演奏してんだ?」

「なんか紙袋を被ったヤツが演奏してるらしいぞ!」

「見に行こう!」


私たちを押しつぶさんばかりに迫って来ていた人波が一斉に引いていく。彼らが向かう先は、ストリートでピアノを弾き語りしていたアーティストがいた場所。


聞こえてくる歌声は昼に聞いた人の歌声。でも、ピアノの音色は間違いなく…


「2人とも!逃げるぞ!」

「永新!」

「井村クン!」


彼と共にいたはずの井村クンが一人でここに来たということはやはり。


「説明は後で。とりあえずここから離れよう」


並みの演奏者なら、一人残らず注目を集めることは難しかったはず。この場にいる全員の意識を向けさせるなんて神がかったことができる人物を、私は知っている。


彼のおかげで逃げやすくなった道を3人で走る。


「智夏クン…!」


声にならない声で最愛の人の名を呼ぶ。聞こえたはずはない。でも彼は確かに一瞬、私を見て笑った、ような気がした。


気がした、というのは、智夏クンの顔は見えないからだ。





紙袋を被った正体不明の演奏者。凄腕のピアニストが突然現れて、演奏が終わるとすぐに姿を消した彼の正体を知る者は、その場にはいなかった。



~執筆中BGM紹介~

錆喰いビスコより「風の音さえ聞こえない」歌手:JUNNA様 作詞:eijun様 作曲:R・O・N様

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