努力は音に
すみません遅れました…
男子3人が出て行った後、送り出した女子3人は心配していた。
「天馬大丈夫かな…?」
「ザキパイセンが付いてるから大丈夫っしょ~」
明らかに元気がなかったバンドメンバーの西原天馬を心配して、山崎信が連れ出したのはわかっている。
「なんで元気がないのか、すみれパイセンも知らないの~?」
「うん…」
「心配ね」
産まれたときからご近所さんで幼馴染だった天馬とすみれ。大学生になって初めて離れて住むことになって、お互いに知らないことがたくさんできた。それが不安でしょうがないのだ。
天馬たちがいなくなって、目に見えて心配そうな表情になったすみれに、陽菜乃が気を遣っておどけた様子で言った。
「私たちの後輩君は、なぜ連れて行かれたのかわかっているのかしら?」
「パイセンは……う~ん、どーだろ」
「あの子、ボーっとしてるもんね。そこが可愛いところでもあるんだけど」
智夏がどこまで理解しているのか、女子たちの予想にずっと空気に徹していた水野さんが否を唱えた。
「あ、水野さんいたんだった~」
「3人が僕の存在を忘れてガールズトークを始めるから空気になるしか無かったんだよ…」
「「すみません」」
「ごめんちゃい」
「いいんですけどね、別に。……じゃなくて、御子柴君ですよ。御子柴君はちゃんと気づいていますよ。西原君の元気がないことも、それによって高比良さんが心配そうにしているのもすべて」
「そうだったんですか!?そういうことには鈍い子かと思ってた…」
「御子柴君は自分への好意に鈍いだけで、他人の感情の起伏にはかなり敏感な方だと思いますよ」
「へぇ~」
「よく見てますね」
「大人になると見えてくるものもあるんですよ」
「健康保険料とか所得税とか?」
「いやちがーう」
――――――――――――――――――――
「どうした、はこっちのセリフですよ、天馬」
「…!」
ザキさんと天馬先輩の視線がぶつかり合う。
あ…!俺たちだけ外に出た理由ってそれか!だからみんなザキさんが聞き出そうとしているのを察して、出て行くのを止めなかったのか!うわ~俺だけ察するのが遅れちゃったよ、恥ずかしい。
秘かに恥ずかしがっている俺の前では、シリアスな雰囲気が漂っている。先に沈黙を破ったのは天馬先輩の方だった。
「別にどうもしねぇよ」
「そうですか。では、人質を取ることにいたしましょう」
人質?
一体誰が……と思う前に、すでにザキさんの腕の中だった。
意外と筋肉あるな、ザキさん………って違う!しっかりしろ、俺!
「ザキさん、これは一体…?」
俺よりも身長が高いザキさんを見上げて、問いかけた。これ、傍から見たら男2人が真昼間の公園でバックハグかましてる構図だよな、あはは。
「天馬が何も話してくれそうにないので、智夏を人質にしたら話すかなー、と」
そんな俺ごときが人質になったところで話してくれますかね。さっきまで一切なにも話してくれなさそうだった天馬先輩を見ると、予想に反して慌てふためいていた。
「お、お前らなにやってんだよ?落ち着けザキ。とりあえず智夏を離せ。奥様方からの視線がさっきから突き刺さるんだよ!」
ザキさんが意図したことではないだろうが、天馬先輩が動揺してくれた。畳みかけるなら今がチャンス。
「天馬先輩が話してくれないと離してくれそうにないです。助けて~せんぱーい」
「智夏、その調子です」
「お前らな…」
話さないと離さない、なんてな。
「ハァ~。わかった。わかったよ、話せばいんだろ」
大きなため息とともに、天馬先輩が降参だ、と両手をあげた。それを見てザキさんが俺を開放した。
「別になんも面白くねー話だけど、ほんとに聞くのか?」
「天馬に面白さなんて求めてないので安心してください」
「そういうことなので、どうぞ」
「ハハッ、そーかよ」
西原先輩は近くにあった自販機のコーヒーを3本買うと、1本はザキさんに、もう1本は俺にくれた。微糖コーヒーを一口飲んで、天馬先輩は話し出した。
「俺が音楽の専門学校に行ってるのは知ってるよな?」
先輩の問いに頷く。たしか関西にある学校だったような。
「そこにはなー、上手いやつがいっぱいいるんだよ。俺なんか、足元にも及ばねぇくらいにな」
て、天馬先輩が足元にも及ばない人たちがたくさんいる学校!?凄すぎないか!?
「そいつらに揉まれまくって、まぁ、自信を無くしちまったわけ。それでも下手なら上達すればいいって、頑張ってたんだけど、なんもうまくいかねぇんだ。しばらく会わないうちに、すみれの演奏技術はさらに上がってたしよ。俺だけ……俺だけが前に進めねぇんだ…」
そよそよと暖かな風が天馬先輩の前髪を揺らして、その表情を隠す。
「努力は必ず報われるって、俺はどうしても思えない。努力量と実力は必ずしも比例しないんだよ。…………あーわりぃ。こんな情けねぇことばっか言って。今はこんなだけど、お前らに追いつくように頑張るから、だから」
「頑張らなくていいです」
「え…」
俺の言葉を聞いて、天馬先輩の表情が曇っていく。
「あ、いや、違います。違くないけど!」
「どっちだよ」
こんなときでもツッコみを忘れない天馬先輩、仕事人。
「先輩は頑張りすぎなんです!だから、これ以上に頑張ろうとするのは、先輩自身をいじめるようなものであってですね…」
だんだんと何が言いたいのかわからなくなってきてしまった。俺、やっぱりこういうの苦手だ…。しどろもどろになっている俺の肩をぽんぽん、と叩いて、ザキさんがバトンを受け取ってくれた。
「天馬はもっと肩の力を抜くべきですね。ストイックすぎて見ているこちらが心配になります」
「…」
「今までの天馬の努力を否定しているわけではありません。努力は必ず報われるとも言ってあげられません。でも、これだけは言えます……ね?智夏」
「うぇっ!?ここで俺ですか!?」
「やっぱり俺なんて…」
急にバトンパスされて慌てたら、天馬先輩がネガティブを発動させた。あーもう!
「天馬先輩より上手い人はたしかにいっぱいいるでしょうね!それは事実です!そして、俺より上手い人もたっっっくさんいます!でも!俺は先輩の奏でる音が大好きですし、俺の音も好きです!悪いですか!?」
「いや、悪くないです…」
「ならいいじゃないですか。自分の悪いところばかり見てるから疲れてしまうんです。たまには自分の良いところでも見てください」
「俺の良いところなんて…」
「だーかーらー!音が良いんです!先輩の努力一つ一つが滲み出ているような、素直で実直な音が!」
努力と実力は比例しないと先輩は言ったが、努力は音に現れると俺は思っている。
ハァハァと荒れた息を整えていると、天馬先輩が目をぱちくりとさせていた。
「俺の音が、いいのか?」
「はい」
「そっか…。そっかぁー」
それからしばらく、俺たちは無言でコーヒーを飲んでいた。
~執筆中BGM紹介~
3月のライオンより「ファイター」歌手:BUMP OF CHICKEN様 作詞・作曲:藤原基央様




