ギャップ効果
次の試合は誰もパンツを晒さずに勝利でき、残すは決勝戦のみとなった。
決勝戦で当たるクラスはもちろん、因縁のライバルである―――
「どうやら決勝戦まで来れたようね。褒めてあげましょうか?」
B組のリーダーである愛羽カンナが、後ろにB組のメンツを引き連れて挨拶にやって来た。その姿は医療系ドラマの院長回診かのごとく。
カンナはまるで今、俺たちが決勝まで上がってきたことに気付いた風を装っているが、俺は知っている。
「カンナ、俺たちの準決勝の試合を隠れて見てただろ。それに、最後の方なんて「勝て、A組ー!」って応援までしてくれたもごぉ!」
「余計なことを言うお口はこれかーー!!!」
「ぎょめんにゃしゃい~」
カンナが応援していたことをチクったら、長い腕が伸びてきて俺の両頬をつねってきた。口調もそうだけど、言動がもうありのままの素じゃないか。クールキャラはどこいったんだ。まぁ、このギャップが魅力なのかも。…………あ、これダメだ。
カンナの両手をぺいっと剥がしてそそくさと離れる。
鈴木はカンナのことが好きだから、他の男がこういう風に近くにいるのを見るのは嫌だろう。俺ってば気が利くようになってきたんじゃない?
「気のせいだ」
「気のせいだな」
「気のせいね」
田中も井村もエレナも、俺の心を読むのはやめてくれないか?
「声に出してないよな?」
「声に出してはないけど、わかりやすいんだよな~。しばちゃんは」
とは田中の言。田中のこれはいつものことなのでもはや驚きもしない。
「表情は見えなくても、付き合いが長くなってくるとさ、何考えてるかなんとなくわかる」
こちらは井村の言。付き合いはこの3人の中で一番浅いのだが、それでもわかるらしい。俺がわかりやすすぎるのか、それとも井村が悟りおばけなのか。
「チーちゃんは単純だから」
本能のままに生きているエレナに「単純」なんて言われる日が来るなんてな…。
どんよりと頭上に雨が降りそうなほどに落ち込んでいると、いつの間にか3人はいなくなっていて、鈴木が俺を真っすぐに見ていた。
「あ、鈴木…」
「気遣いとか、そういうのはいらない」
今まで見てきたひょうきんな表情とは違う、男の表情。
「俺は俺の力で振り向かせて見せる。だから、余計なことはしなくていい」
「お、おう」
い、いやぁぁああああああああ!(心の中の悲鳴)
いやまって。すごいぞこれ。ギャップがえぐい。普段のウザがられている鈴木は一体どこに行っちゃったんだよ!?
こんなんただの良い男だろうが!
「これよりしっぽ取りゲーム決勝戦を始める~早く整列しないと失格にするぞー」
遠くから途切れ途切れに聞こえてきた声が、なにやら恐ろしいことを言っている。
「やっべ、走るぞ御子柴!」
「お、おう」
さっきからもう「お、おう」しか言えない体になってしまった。
「こんな体にした責任、とってくれよな」
「はぁ?何言ってんだよ」
「……ごめん。本当に何を言ってるんだろう、俺」
一瞬、ギャップ効果でコロッとなってしまった。疲れてんのかな…。癒しが足りてないんだな、きっと。癒しといえば、昨日の彩歌さん、めちゃくちゃ可愛かったな。キスした後の顔とか特に………
「うわっ、しばちゃん、顔が溶けてるぞ!」
「速く戻せ!試合が始まる前に!」
「御子柴が溶けてるぞー!」
「大変だ―!誰か接着剤を持ってこーい」
思い出しただけで顔が溶けるほど可愛かった。
ぐにゃんぐにゃんになった顔面ってどうやって治すんだっけ…?ぼんやりと悩んでいたら、審判の声が、クラスメイトたちの阿鼻叫喚の中から聞こえた。
「試合開始!」
しあい、かいし?
………はっ!試合開始か!
「うわーっ!逃げろー!」
「B組の奴らが来たぞ!」
「御子柴の顔面は諦めろ!」
「いや、もう戻ってるぞ!」
「なにぃ〜!?」
蜘蛛の子を散らすように逃げたり追いかけたりするクラスメイト達。俺も顔面を戻すことに成功し、敵チームを追う側に……なれたらよかったけど、残念ながら逃げる側に無事合流したのだった。




