ツッコミは一日にしてならず
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「こ、ここは一体・・・?」
秋人が作ってくれた朝食を何故かカンナと二人で食べ、そのまま家からずるずると引きずられやってきたのは、見知らぬ建物。
「いわば本屋よ」
「本屋・・・?」
本屋のイメージといえば、物静かな落ち着く雰囲気の建物が思い浮かぶのだが。目の前にある建物はなんというか、青い。
「私たちヲタクのための本屋よ!」
「ここが、あの・・・!」
噂には聞いていたが、ここが例のヲタクによるヲタクのための日本最大級のアニメショップだったとは。
圧倒されている俺の横から、くすくすと楽しそうに笑う声が聞こえてきた。
「キラキラした目をしてるわ」
「そりゃあ、ね」
前から来たいと思っていた場所だったから。
「智夏の初めて(のメイト)もらっちゃった」
「んんっ、言い方!!」
今はクールカンナではないのになぜ誤解を招く言い方になってしまうのか。わざとか、わざとなのか。
「ぼさっとしていないで行くわよ!」
「はいはい」
腕をぐいぐいと引っ張られながら俺は人生初のメイトに足を踏み入れるのだった。
日がすっかり昇ったころ、俺たちはようやくメイトから出てきた。
「初めてのメイトはどうだった?」
「潤った・・・」
ヲタク心が刺激される素晴らしい場所でした。創設者の方々に心からの感謝を捧げたい。
「智夏、お昼はどうする?」
「もうそんな時間かー」
スマホの電源を付けて時刻を見れば、もう12時を過ぎていた。
「近くにおススメの洋食屋さんがあるんだけど、行く?」
「きゅるる~」
返事の代わりに聞こえてきたのはかわいらしい腹の虫。カンナが慌てて訂正を入れる。
「ち、違うのよ!今のは、そう!鼻息よ!!」
え、鼻息でいいの?お腹の音と鼻息だと鼻息の方が恥ずかしくないの?女の子って複雑なんだな・・・
「・・・満場一致ということで、行こうか」
「スルーしないでよ!!」
「ツッコミは田中の担当だから」
俺には荷が重すぎる。ぷんぷんしているカンナは現在変装中であり、街中でこうして騒ごうとも今のところ誰にも正体はバレてはいない。
「ピン魂みたいなギャグアニメの音を作ることになったらどうするのよ」
「そのときは全力でツッコむことにする」
「甘いわね。ツッコミは一日にしてならず、という言葉を知らないの?」
「ごめん、初耳なんだけど」
まさかそんな格言があるなんて。
「一日、一日のツッコミが明日のツッコミを作っていくの。数日でツッコミをものにしようなんて無理な話だわ」
「いや、一日、一日のツッコミって何!?そんなにツッコミって修業が必要だったの!?」
「やればできるじゃない」
カンナのあまりの発言に脊椎反射の勢いでツッコんでしまった。してやったり、という顔を向けられ、居心地が悪くて話題を変える。
「・・・秋人がいつの間にか社長と知り合ってたんだけど、何か知らない?」
「急に話題を変えちゃって。・・・う~ん、関係ないかもしれないけど」
話題転換に乗ってくれるようだ。少しほっとしながら続きを促す。
「社長が泣きながら秋人君にしがみついている修羅場を見たわ」
「どういうこと!?」
秋人に何してんの社長!?あの子まだ中学生だよ!?なに大の大人が抱き着いて泣いてんの!!
もうツッコミしすぎて疲れた。なんでこんなにツッコミしてるんだろ、俺。全部田中がこの場にいないせいだ。次に田中にあったら髪の毛ぐしゃぐしゃにしてやろう。うん、そうしよう。
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その頃田中家ではー。
「ぶぅえっくしょーいっ!!!」
「ものすごいくしゃみだな、兄上殿。はっ、もしや『スノードロップ』の救いを待つ者が噂していたのではないか!?」
「んなわけねーだろ。ほら、お兄ちゃんお手製の焼き飯さっさと食っちまえ」
「いっただきまーす!」
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「「ごちそうさまでした」」
洋食屋で二人でオムライスを注文し、ぺろりとたいらげた。カンナの幸せそうな顔を見て、連れてきたかいがあったと一人満足する。
「もっと智夏とデートしたかったわ」
「そう言ってもらえて光栄ですよ」
どうやら忙しいスケジュールの間を縫ってやってきたらしく、もうすぐ事務所からお迎えが来るとのこと。別れる前に、言っておかなければ。
「今日は、ありがとな」
「い、いきなり何?」
「楽しかったよ」
「私はもっと楽しみたかった・・・」
カンナは別に仕事が嫌いではない。その逆で好きすぎるほどだが、やはりこうした息抜きも必要だろう。俺は周囲を見渡して、目当てのものを見つけると、店主に許可を取りに席を立つ。
「ちょっと智夏、どこ行くの?」
「カンナは座って待ってて」
店主から許可をもらったので、お店の隅にあった小さいピアノの前に移動する。かけてあった可愛らしい布を横にどかし、前框を開く。
横目でカンナを見ると、大きな目をさらに大きくして驚いた表情をしていた。
ーポロロンッ
うん、いいピアノだ。音を確認して、演奏前のルーティンに入る。2秒息を吸って、3秒吐く。
軽快に鍵盤を叩いていく。今弾いているのは既存の曲ではなく、弾きながら即興で作っている。ただ、カンナのために弾いている曲である。今日の思い出に楽しかったという思いを増やすために、走り続ける彼女を応援するために。
「ラ~ララ~」
いつの間にか横に来ていたカンナが歌をつけていく。
あぁ、あのときのような、世界に色がついていく感覚。
鳴海さんが筆で丁寧に色を塗っていくような歌声だとしたら、今のカンナは手に直接色を付けて思うままに真っ白なキャンパスに色を塗っているような、のびのびとした歌声。
演奏が終わって、その場にいたお客さん達に拍手をもらった。『ツキクラ』のイベントで演奏したときの拍手に比べれば人数こそ少なかったが、かなり嬉しかった。
カンナとの別れ際に、
「次こそは必ず仕留めてみせるから!」
と狩人のような宣言をされたが、俺は命を狙われているのだろうか。
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車に乗り込むと、マネージャーがニコニコ、いや、ニヤニヤと話しかけてくる。
「どう?王子様は仕留めた?」
「む~!わかってるくせに!」
「あはは!そうだね。その顔を見るに、カンナがまた恋に落ちたことはわかった」
どんな顔よ、と車のバックミラーを見ると、そこには夕日に負けないくらい真っ赤に染まった自分の顔が映っていたのだった。
~第八回執筆中BGM紹介~
アカメが斬る!より「インクルシオ」作曲:岩崎琢様
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