こってこて
新年明けましておめでとうございます!
今年も本作とポンコツ作者をよろしくお願いします。
「田中君、エレナちゃん。まず、助けてくれたことはとっても嬉しかったよ。それについてはありがとう。でも……」
田中とエレナが体操座りをしながら、しゅんと肩を落として座っている。
彼らの正面には激おこぷんぷんな香織さんが、似合わない仁王立ちをしていた。
「ズボンまで下げる必要はなかったの、わかる?」
「だって、」
「だってもへちまも無いんだよ、エレナちゃん」
エレナが言い訳を言おうとして、香織に阻まれた。「へちま?へちまってなに?」とエレナが好奇心に満ちた目で俺を見てきたが、知らんぷりして目を逸らす。激おこな香織さんのテリトリーに入るなんて、飛んで火にいる夏の虫。
「それに、田中君?田中君はエレナちゃんがズボンを下げたのを見てから、ズボンを下げなかった?」
「な、なんのことだかさっぱりぱりのすけ…」
田中の言い逃れにエレナが「ぱりのすけってなに!?」と俺を見るが、それは俺も知らん。誰だよ、ぱりのすけ。
雰囲気が一瞬和やかになりかけたとき、凍えるような冷たい空気が漂ってきた。
「わざとズボンを下げたんじゃ、ないよね…?」
「ひ、1人より2人の方が良いと思って…」
「やっぱりわざとなんだね、田中君」
「そういう捉え方もできますよね……ヒョッ」
ハハッ、田中が震えてやんの。いいぞ香織、もっとやっちゃってください!
「悪い子にはお仕置きが必要かな」
ゴリラ柄とバナナ柄のパンツを公衆の面前で晒されたC組の男子2人が目をハートマークにして香織を見ている。自分たちのためにあれだけ怒ってくれたら、そりゃ惚れちゃうよな。
「「謝ってきます!!」」
怒りの矛先が向いている田中たちは青い顔をしながら、C組の2人に謝りに行った。
「ふぅ。ちょっと怒りすぎちゃったかな」
「そんなことないよ。あの2人はすぐに調子に乗るタイプだから、香織がここでガツンと言わなかったら、次の試合でもまた同じことをしてたと思うよ」
香織のおかげで、ズボンを下げられるであろう未来の被害者たちが救われたんだ。もっと誇ってもいいことだ。
「ち、智夏君!さっき、手を引っ張ってくれてありがとう!」
さっき田中たちに怒りすぎて喉が疲れているのか、若干声が上ずっていた。
「追われてたのは俺だけだったから、逆に俺が引っ張らない方が良かったかも」
「そんなことない!だ、だから……これからも引っ張ってくれていいんだよ!?」
引っ張る…。
「多分、次の試合は足を引っ張ることになると思う…」
女子にこんなことを言うのは恥ずかしいやら申し訳ないやらなんだけど。運動面において俺はお役に立てません。
「そういうことじゃないわよ、バカ智夏」
「急に現れて人をバカ呼ばわりとかひどくないか?カンナ」
「ひどくない。バカにバカって言っただけ」
そんなにバカバカ言わなくても。俺なんかバカなこと言ったか?
「チーちゃんは昔からそうだから」
謝ってきた田中とエレナが帰ってきて、俺と香織とカンナと5人になった。
「あら?誰かと思えばエレナ・トルストイじゃありませんこと?今年こそは私たちB組が勝たせてもらうから、決勝戦まで上がってきなさい!」
「愛羽カンナ、今年もA組が優勝するから、ハンカチを用意しておきなさい!決勝戦でまた会おう。友よ」
がっちりと握手を交わしてカンナはB組のクラスメイト達のもとへ戻っていった。
「友と書いて」
「ライバルと読む」
「青春だな」
「眩しいぜ」
田中と交互に言っていると、エレナが器用に片方の口角だけ上げて笑った。
「羨ましいの?」
常人だったらここで恥ずかしがるところだが、エレナは恥ずかしがるどころかドヤっている。これがエレナの凄いところ。
最高に青春しているところを見せつけられて、羨ましいか羨ましくないかと言われたら、そりゃ…
「「超羨ましいです!!」」
田中と口を揃えて羨ましがる。エレナはそんな俺たちを見て、穏やかに笑った。昔からたまに見せる、手のかかる弟に向けるような、お姉さんの表情だ。
「あなたたちにとって私の青春が羨ましいように、私にとってもあなたたちが羨ましい。ラーメンを食べに行ったり、放課後にゲーセンに行ったり、休み時間にモノマネ大会したり。何気ない日常が、私には輝いて見える。羨ましいって思う」
昨日は結局、お迎えが来てエレナはラーメンを食べに行けなかったのだ。ゲーセンもまたしかり。危ないところに行きそうになると、必ずと言っていいほど実家からお迎えが来る。
俺たちと同じように、エレナも俺たちのことが羨ましかったのか…。
去年の球技大会で優勝したご褒美の焼き肉は止められなかったから、エレナも参加できた。なら、今回も優勝すればもしかして。
寂しそうに揺れていた瞳を覗き込む。エレナにそんな顔は似合わない。だから―――
「優勝したらラーメン食べに行こう。こってこてのやつをみんなで!」
いつの間にかA組のクラスメイトが周りに集結していた。
「おっし!優勝したらラーメンに決定!」
「俺、こってこてのおいしいラーメンの店しってる!」
「じゃあ後は優勝するだけだね!」
わんやわんやと盛り上がるクラスメイト達に、エレナもだんだんと調子が戻ってきた。
「落ち込んだ後は上がるだけよね。ラーメン食べるために優勝するぞー!!!」
「「「おー!!!」」」
やっぱり若者の原動力は食欲だよな。
今年1年、読者の皆様に幸多からんことを願っております。




