スナイパーエレナ
「予定より5分遅れで始まりました、高校生最後の球技大会1日目、バドミントン男女ミックスダブルスの第一試合、Dコートより実況生中継でお届けしております。実況は、最近一番下の妹に「将来ハゲそうだよね!」と笑顔で言われてかなりショックを受けた3年A組、田中と」
「試験前に弟が初めて夜食を作ってくれて嬉しかった、同じく3年A組、元山の2名でお届けします」
最初に巻き込まれた時に比べて、饒舌なもとやんを見るに、どうやら実況役にノッてきたらしい。と、一瞬意識がそれた瞬間、後ろから雄叫びが聞こえてきた。
「ドゥオラッシャァァァ!!!このあたくしに勝とうなんて百年早くってよ!!オーホホホホッ」
漢らしさとお嬢様口調のコラボレーションや~。
レーザービームを撃つかの如く、高笑いをしながらエレナが敵方コートに縦横無尽にシャトルを打ち込んでいく。
しかも絶妙なタイミングでへたくそな俺にも打たせることで、敵チームの大小ペアは妙な緊張感に襲われていた。緩急の付け方というか、アメとムチというか。
でも、エレナに点数決めてもらうばっかじゃ男としてちょっと、アレだし。俺にだってプライドというものはある。今はマッチポイントだから、この試合では最後のチャンスだ。
エレナがサーブを打つ前に、耳打ちする。
「次は俺に点数を決めさせてくれないか?」
「ふ~ん?わかった」
見た目だけは北欧系超絶美少女なエレナが妖艶に微笑んだ。それを見ていたオーディエンスからは歓声ともため息ともとれる声が聞こえてきたが、幼馴染の俺にはわかる。こいつ、なにか企んでやがる。……いまのうちに、予防線でも張っとくか。
サーブの構えに入ったエレナ。
「俺が打つ瞬間に尻を蹴るつもりならやめてくれよ」
と言った瞬間、ガクッとエレナがズッコケた。そういうノリをどこで覚えてくるんだろうな、このお嬢様は。
「そんなことしないわよ!人のことを何だと思ってんの!このバカッ!」
顔を真っ赤にして俺の尻に回し蹴りを決めたエレナに、審判の先生が笛を鳴らす。
「はやくサーブを入れなさーい」
「先生、俺の尻の心配は!?」
「お前の尻がどうなろうが先生は関係ありませーん」
「ひどっ」
2年生のときから2年連続でクラスの体育を担当している先生だが、勝手知ったる相手だからか結構容赦ない。
「御子柴羨ましいぞー」
「お前だけケツ蹴られやがって~」
「俺のケツも蹴ってください!」
「僕もお願いします!」
「「「エレナ様!!!」」」
俺とエレナの一連のやり取りを見ていた男子共が気持ち悪いことを言ってきた。俺なんかはドン引きするだけに留まっているが、言われたエレナ本人はというと。
「え~こちら実況席より、お伝えします。エレナ氏はまるで汚物でも見るかのような目で男子共を見ております。現場からは以上です」
実況の田中が律儀にリポートしてくれたところで、2度目の笛が鳴り、エレナが急にやる気をなくしたかのようにシャトルを山なりにポーンと打った。
高く高く、打ちあがったシャトルは体育館の照明で一瞬見えなくなって、目が慣れてきた頃には敵方のコートに落ちていく。が。
「アウトだ!」
小南君がシャトルの落下地点はコートの外だと予想したため、アウトだと叫んだ。正直、俺もアウトだと一瞬思ったが、エレナが「フフッ」と笑ったのが見えた。
「入ってる!」
大原さんが悲鳴のような声を上げて、よろけながらなんとかラケットを伸ばして、サーブを返した。ライン直上のきわっきわのサーブとは。どんだけ腕がいいんだよ。スナイパーエレナ、って呼んでやろうか。でもまぁ、エレナなりのお膳立てだろう。俺が決めやすいように、という。
「まったく、かっこいいことしてくれる、な!」
打ちやすいところに落ちてきたシャトルに、ラケットを鋭く打ち下ろした。
シュパァンッ
「ゲームセット、2-0でA組チームの勝ち!」
21点3ゲームマッチ、2ゲーム先取で俺たちエレ柴ペアが一回戦をストレート勝ちで駒を進めた。
「やるじゃん」
「エレナが舞台を整えてくれたからな」
「そういうことには気づかないふりをするのが礼儀というものでしょ?」
「どうだかな」
パチン
ラケットを持っていない方の手で、ハイタッチをする。
「エレ柴ペア勝利ー!!!」
「最後は御子柴が鮮やかに決めてくれましたね」
「当初の我々の予想では、御子柴は足を引っ張ると思っていたんですけどね~。なかなかどうして、幼馴染同士で息ぴったりじゃないですか」
息ぴったり、だって?田中のヤツ、何を言っているのかと思えば、そんな絵空事のようなことが現実に起きるわけないじゃないか。
「プラーヴィ!」「レーヴィ!」「ストーイ!」
後ろから俺にしか聞こえないような声量で指示が飛んできてたからね。しかもロシア語で。俺がこの単語を覚えてなかったら、エレナにもう一回尻でも蹴られてたな、確実に。
~執筆中BGM紹介~
エリアの騎士より「ハイヤーグラウンド」歌手:S.R.S様 作詞・作曲:山口卓也様




