ミントン
前回のサブタイトルが「バドミントン」で今回が「ミントン」ときたら次回は「トン」か…。
ヨシムーがうきうきと教室を出て行った後、球技大会が始まるまでにはまだ少し時間があったので、みんな教室で好きなように話していたときだった。鈴木が「そういえば」と何かを思い出したようだった。
「バドミントンっつっても、場所も時間も少ないからダブルスなんだわ。しかも――」
屋内球技しかできない以上、場所も時間の確保も大変だろうことはわかる。けれど…
「――男女ミックスダブルスだ!」
「「「お~」」」
「「「へ~」」」
男女ミックス……まじっすか…。クラス内が一瞬でそわっとした甘酸っぱい空気になった。教室の後ろの方にたまたまいたため、生徒たちの視線の動きがよくわかる。特に男子の露骨な視線よ。ほとんどが香織とエレナに向いている。そしてそれを見て冷ややかな表情になる女子たちもよく見える…。
「あんたらなに香織ちゃんを見てんのよ。シッシッ」
「香織ちゃんはバレーに出るんだから、バドには出ないのよ」
たしかに。いくら香織に熱い視線を送ったところで、そもそも香織は別競技に出場するから……って、香織の顔がなんかすごいことになってる。ライブの抽選チケットが外れたとき並みの悔しがり方だ。そんなに悔しがるほどにバドミントンがしたかったのだろうか。
女子に露骨な視線を指摘された男子どもは、いまさらな言い訳をし始めた。
「べ、別に見てねぇし!」
「ちょっと壁のシミを見てただけだしィ!」
言い訳へたくそか。
「勉強できるのに馬鹿ばっかだな」
「それが男ってもんよ」
田中と井村が我関せず、と言った様子で見物している。井村は彼女がいるから女子に視線をお送らないのはわかるが、田中はたしか付き合ってる人はいないはず。
「田中は視線を送らなくてもいいのか?」
「あー。俺はいいや」
修学旅行で水着を着た女子を見てソワソワしてたから、女子が嫌いってわけじゃないんだろうけど。今まで田中は自分から積極的に女子に関わっていこうとはしていなかったような気がする。
「なぁに余裕ぶっこいてんだよ?俺らもう高校生だぜ?青春したいとは思わんのかね?田中も御子柴も!」
俺が彩歌さんと付き合ってることはこのクラスではエレナしか知らないことなので仕方ないが、こういうときはどう返答すればいいのか悩んでしまう。
「俺も、そういうのはいいかなって」
「おじいちゃんかお前ら!普通の高校生男子は、あんな風に女子に視線を送って女子と揉めつつも楽しくおしゃべりするか――」
いやいや、女子と揉めながら楽しくおしゃべりとか俺には無理だ。だってあれ、綱渡りみたいなものだろ?ひとつでも言葉を間違えたら即喧嘩に変わるだろ。
「ちょっと、今のどういう意味?」
「へ?いや、別に悪い意味ってわけじゃ、」
「悪い意味以外に何があるの?ねぇ、教えてよ?」
ほら見たことかー。さっきまでもめながらも楽しくおしゃべり中だった男女が悲惨な結果になっている。
口喧嘩は女性が強い、という具体例を男3人で見守りつつ、井村が「もしくは」と付け加える。
「堂々と正面切って誘う」
ハードルが上がったんですけど。頭上くらいの高さだったハードルが宇宙エレベーターくらいに高くなったよ。大気圏突破だよ。
「それこそ無理だろ」
「無理だよね」
「チキンズめ。いいか?俺が手本を見せてやるから、両目をかっぴらいて見とけよ?」
言うや否や一番視線を集めているエレナに向かって井村は歩いて行った。その背中は、敵わぬ敵に挑む一兵卒のごとく…。
「「ご武運を…」」
思わず、その背中に声をかけていた。
「エレナさーん。今日も綺麗な髪だね。あっ、もちろん髪以外もだけど」
「ハ?」
なぜあいつはナンパするチャラ男みたいな言葉を選んだのか。そりゃ「ハ?」ってなるわ。あいつが一番馬鹿だろ。
「私が綺麗なのはいつものことよ!」
「さっすがエレナさん!」
一番の馬鹿を超えてくる馬鹿がいたよ。しかも自意識過剰とも言い切れないんだよな。実際美人なわけだし。でも馬鹿なんだよ。
「とっても綺麗で美人なエレナさんと一緒にミントンしたいでっす!」
ミントンって略し方は初めて聞いたが、豚の名前みたいでちょっと可愛いとか思ってしまった。
「だが、こーとーわーるー!……これ、使い方あってる?チーちゃん」
「合ってる合ってる」
多分だけど。
「もう組む人は決まってるの。ごめんね、井村くん」
「へぇ~、それなら仕方ないな。もしかして組む人って…」
「そりゃもちろん」
つかつかつか、ぎゅー、ぼきっ
早足でエレナが俺に向かって歩く音、俺の腕を掴む音、腕をそのまま捻りあげて出てしまった音の豪華3本立てでお届けだぞっ!
「エレナは俺の骨を折る気かな?」
「チーちゃんのタフさはよ~く知ってるから。これくらいじゃ折れないって」
昔からエレナのおもちゃにされてたから、多少は丈夫なのかもしれないが。それでも優しさと思いやりが欲しい…。
遠い目をしている俺にパチリとウインクを決めて、「それに、」とエレナは続けた。
「肩、軽くなったでしょ?」
「え…。言われてみればたしかに」
「にぇへへ。ちょっと極めてみたの!」
何をだよ。
「エレナさんの決めた人って、やっぱり御子柴か」
「断るって最初からわかってて誘ったでしょー?」
「おっと、バレてたか」
「誘いやすい空気を作ってくれてありがとう」
「美人のお役に立てたなら何よりですよ」
井村とエレナがとても高度な会話をしているような。こういうときだけ俺以上に日本語がうまくなるエレナのコミュ力には脱帽だ。
「エレナ、なんでペアを俺にしたんだ?」
より取り見取りだったろうに。
「そりゃあ、チーちゃんの下手さをカバーしつつ、優勝を狙えるのがこのエレナ様だけだからよ!」
「ご迷惑おかけします…」
卓球と違って交互に打つ、というルールもないため、エレナにおんぶにだっこ状態でも試合ができるのだ。その代わり、くそださいけど。……くそださいけど!いや、頑張るよ!せめてエレナの足を引っ張らない程度には!
~執筆中BGM紹介~
ハイキュー!!セカンドシーズンより「FLY HIGH!!」歌手:BURNOUT SYNDROMES様 作詞・作曲:熊谷和海様




