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呆然



作曲ってどうやるんだっけ…?と呆然としてから、早数時間。


香苗ちゃんのアドバイス通りに、夜も遅いからとりあえず寝ようと思って布団に入った、のだが。


「…寝れない」


普段は気にならないくらいの小さな風の音すら大きく聞こえる始末だ。眠れないときは無理に眠ろうとしない方がいい、とどこかで聞いた気がするので、布団から出てほんのり冷たい部屋の床を歩く。


この家に来たばかりの頃は、俺の使っているこの部屋も隣の秋人や冬瑚の部屋も、埃を被った物置部屋だったのだ。置かれていた物を処分していって、一度空っぽになった部屋は遮る物が何もないから音が良く響いて。


あの頃はまだ、自分が作曲の仕事をすることになるなんて想像すらしていなかった。


カーテンを開けて、ほのかな月明りに照らされた部屋を見る。ベッドがあって、勉強机があって、椅子があって、本棚があって、ハンガーラックがあって…。


ほとんどが貰い物だったり元からあったものだったけど、それでも秋人と2人分の生活用品を用意してくれた香苗ちゃんには頭が上がらない。独身の香苗ちゃんに、経済的にも精神的にもかなりの負担をかけただろう。なのに、そんな素振りは毛ほども見せなくて。


せめて金銭的に支えられたら、と思ったことも作曲を始めた理由の一つだ。『ツキクラ』の作曲をしてから家にお金を入れられるくらいにはお金を稼げるようになって。しばらく経って、冬瑚とハル、愛しい家族が1人と1匹増えた。


学費、食費、水道光熱費にその他諸々。もしもこのまま作曲ができなかったら。もしもこれから先、収入を得ることができなくなったら。


「………ハァ」


自分のため息の音さえも、ひどく煩わしく耳に落ちた。









一睡もできずに迎えた翌朝。


リビングに入って早々、顔を合わせた秋人に、


「うっわ、ひでぇ顔。その辛気臭い顔、さっさと洗い流してきなよ」


と言われてしまった。朝からツンが絶好調の秋人だが、用意してくれた朝食の卵焼きが俺のだけいつもより多かった。いっぱい食べて元気を出せってことかな。さすがだよ秋人お母さん…。


「ありがとう秋人お、」

「お母さんって言おうとしなかった?」

「してないしてない!」


顔も洗って秋人お手製の元気が出る朝ごはんも食べて、ピアノが置いてある部屋に向かう。今日は休日だから一日中ピアノを触っていられる。





作曲の仕方がわからなくなっただけで、ピアノが弾けなくなったわけじゃない。


軽くクラシックを何曲か弾いてみたけど、指はいつもどおりよく動く。


「それじゃあ、次は」


自身が作曲した『ツキクラ』などの曲を片っ端から弾いていく。


思い出せ、思い出せ、思い出せ…!


曲を作るときに何を考えていた?何から始めていた?どうやってイメージを膨らませた?


「な、、、!、、に、、ば!」


あと1曲で全曲弾き終えてしまう。よし、こうなったら作曲の勘を思い出すまで何周でもしてやる!と意気込んでいると、耳元で高い声が響いた。


「もー!!夏兄ってば!!!」

「おわっ!?」


キーン、となる耳を抑えながら声の主を見る。


「冬瑚?呼ぶときはもうちょっと心臓に優しい声量で呼んでくれるかな?」


じゃないとお兄ちゃんの心臓、いつか口からこぼれ落ちちゃうぞ?


「だって小さい声で呼んでも気づかなかったじゃん!」

「そうなのか?気づかなくてごめんな」


ほっぺたを膨らませてぷんすこしている可愛い妹をよいせ、と膝に横抱きに乗せる。


「それで、冬瑚はどうして俺の所に来てくれたんだ?」


金色の艶々の髪を撫でながら聞いてみると、へへ、と気持ちよさそうにしながら言った。


「夏兄疲れてるっぽかったから。癒すのは冬瑚のお仕事だからね!」

「そっかそっか~」


エッヘン!とドヤる冬瑚はとても可愛い。確かにこれは癒しだ。大人しく膝の上で撫でられていた冬瑚だが、飽きたのか目の前にあるピアノの鍵盤を押し始めた。


「冬瑚はピアノ、やらないのか?」


秋人は楽器と歌全般が徹底的にダメだったのだが、冬瑚は『天使の歌声』と称されるほどの歌唱力の持ち主だ。


「夏兄がやってるからやらない」

「?」


俺がやっているからやらない、とは?お兄ちゃんがやってる楽器なんてしたくない!ってことですか?お父さんの下着と一緒に洗濯しないで!的な?うそ、それだったら泣けるんですが。


「ピアノは夏兄の音が一番好きだから。だからやらないの」


うーん…。よくわからないが、兄のことを嫌いなわけではなさそうだ。


「でも、さっきの弾き方はピアノが可哀そうだった!」


俺の作曲した曲メドレーのことですね。


「すみません」

「優しく弾いてあげなきゃダメなの!」

「!」


冬瑚に言われたその言葉は…。


『智夏、もっと優しく弾くのよ。そしたら、ピアノも優しい音を出してくれるから。ね?』


俺にピアノを教えてくれた母の言葉と同じだった。


「ありがとう、冬瑚、母さん」

「お母さん?」

「うん。久しぶりに母さんに会いに行こうかな」

「冬瑚も行くー!!!」


冬瑚さん、耳の近くで大きい声を出さないで…!




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