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民族音楽



サインを書く、書かないで追いかけっこを宝城さんと繰り広げているところをバッチリと目撃した社長が呆れた顔を隠そうともせずに言った。


「2人とも仲良くやってることだし、私は退散するよ」

「え?様子を窺うためだけにわざわざ来たんですか?」

「そういう物言いだと私が暇を持て余しているように聞こえるな」

「実際そ、―――っごめんなさい。冗談です。社長様ほどこの世に忙しいお人はおりません」


実際そうですよね、って言おうとした瞬間に社長の右手が俺の顔を隠している狐面を鷲掴みする。なんとなく、本当になんとなくだが宝城さんに素顔を見せたらいけない気がするのだ。だから社長に今ここで狐面を剥ぎ取られたら、終わる。


「素直でよろしい。そうだ、宝城さんはたしか海外経験がありましたよね?」

「えぇ。よくご存じで」

「お父様から少し」

「なるほどそれで」


社長と宝城さん、2人の素の笑顔をそれぞれ見ているからか、ビジネス用の笑顔で話しているのを見ると鳥肌が立ってしまう。偽物の笑顔、とまでは言わないが俺から見たら違和感ありまくりなのだ。大人になるってこういうことなのだろうか。


「智夏、この際に海外の音楽について宝城さんに聞いてみるといい」

「!」


それは願ってもないことだが。


「いいんですか?」

「アタシの話が役に立つならいくらでも話そう」

「ありがとうございます!」


よしっ!最初はどこの国の音楽の話を聞こうか。そういえばさっきどこの国に行ったことがあるって言ってたっけ?


俺が未知なる話にウキウキしていたとき、大人2人は親戚の子を見守っているような顔で俺を見ていた。


「おもちゃをもらった子供みたいな顔をしているな」

「そうなんですか?アタシには無表情に見えますけど…」


狐面で顔の上半分が隠れているからなおさらにその表情はわかりづらい。それでも、ドリボの社長――滝本渚は手に取るように表情を、その奥の心情を察している。


「いずれわかります。……多分」


その正直な言葉に、バイオリニストは笑った。


「ハハッ。それは楽しみですね」


つまりはこちらの努力次第で色んな表情を見せてくれる、ということだろう。では手始めにわかりやすい笑顔を引き出す努力をしましょうかね…と気合を入れたところで、ターゲットの智夏が震えあがるのだった。







――――――――――――――――――――――







ケルト系の冒険RPGで使われていそうな曲、二胡(にこ)銅鑼(どら)などを用いた伸びやかな中華系の曲、砂嵐が巻き起こりそうなアラビア系の曲などなど…。


いわゆる民族音楽と呼ばれるものたちが、宝城さんの臨場感あふれる語りで色鮮やかに俺の目の前に広がる。現地で撮った民族音楽の演奏の風景、その中に映る見たこともない楽器たちに心踊らずにはいられなかった。


「これは打楽器いや、弦楽器ですか?」

「どちらも正解だね。これは中国の民族楽器の揚琴(ようきん)、打弦楽器さ」

「揚琴……打弦楽器…」


琴よりもたくさんの弦が机についている、みたいな不思議な楽器だ。これだと弦楽器のように聞こえるが、この揚琴という楽器、音は弦を叩いて出している。奏者が叩いている棒はしなっているように見えるが…。


「これは竹で出来ている、と言っていたな」

「竹ですか。へぇ…」


弦が多くて大きい分、音域もかなり広いようで、豊かな音色が聞こえてくる。


「たしか…揚琴のルーツはピアノと同じだと聞いたことがあるような。だから惹かれるのかもな、サニーボーイ?」

「そうかもしれません」


初めて聞く揚琴の音色に、自分でも驚くほど惹かれていた理由はそれかもしれない。宝城さんのスマホから目を離さずに返事をする俺を見て「なるほど。確かに注意深く見ればわかるものだな」と呟く声が聞こえた。


「何がですか?」

「サニーボーイの表情のことさ。いまはまだ笑った顔とか、楽しそうな顔、興味深そうな顔くらいしかわからないがね」


それだけわかれば十分じゃないか?と思うと同時に、そんなにわかりやすいのか、と片手で隠れていない口元を抑える。


「口元も隠してしまったら何も見えないだろう。ほら、もっとお姉さんに顔を見せておくれ?」

「お姉さん…?―――あ、すみませんなんでもないです、時音お姉様!お姉様、狐面を外そうとしないでください!!!」


社長が俺の狐面を外そうとしたのを覚えていたのか、宝城さんも俺の狐面を外そうとしてくる。そんなに強い力ではなかったが、社長にやられたときに紐が緩んでいたのか狐面が床に落ちた。


「……なぜ、顔を隠しているんだい、サニーボーイ?」

「きょ、極度の人見知りで?」

「なぜ疑問形なんだ。そうやって隠されると意地でも見たくなるのが人間という生き物だ!」


狐面が落ちたいま、俺の顔を隠しているのは己の両手のみ。この壁を突破されるわけにはいかない…!


「ほほぅ?それでも隠すというのなら、この動画消しちゃおーっと」

「え!?ダメですよ!………あ」

「どれどれ……ん?」


民族楽器の動画を消すとか脅すから、つい顔のガードを外してしまった。我ながらなんとチョロい…。


「普通ですよ。俺の顔なんて」

「写真撮っていいかい?」

「なぜに?」

「観賞用」

「怖いわ!」

「イケメンは眺めるためにあるんだぞ!ほら、減るもんじゃないし、ちょっと動画撮らせてくれ!!」

「お断りです!」

「そこをなんとか!」


追いかけっこパート2、ここに開幕。ドリボのスタジオを借りている時間が過ぎても追いかけっこをしていたため、社長が再び乗り込んでくるまでこのカオスは続いたのだった。


「10枚!10枚でいいからっ!」

「1枚でも嫌ですよ!」



~執筆中BGM紹介~

FAIRY TAILより「疾風迅雷」作曲:高梨康治様

ケルト音楽っぽいですよね、フェアリーテイルの曲って。テンション爆上がりです。

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