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使うためにある



スポンサー企業からの条件は宝城さんにBGMを演奏させること。そして最低でも2曲、バイオリンソロ曲を作ること。この2つだ。


スポンサーのご意向は大切にしなければならない。でも、それでアニメが台無しになったら本末転倒だ。だから宝城さんに実力が無かったらどうにかして断ろうと考えていたのだ。


まぁ、そんな必要はなかったけど!


強烈な自己紹介が終わった後に、海外でストリート演奏していたバイオリンの腕前を披露してもらったのだ。


しばらくの間、バイオリンの音色の余韻に浸る。


「力強い、ですね…」

「これ一本で稼いでいるからな」


と言って誇らしげに自身の相棒であるバイオリンを掲げる。


正直言って、それほどの実力は無いのだと思っていた。人気俳優の横浜さん目当てのスポンサー企業のお嬢さんだと、そう(たか)(くく)っていた。そのことがすごく恥ずかしい。それくらい、エネルギッシュな演奏。


「すみませんでした」

「それは何についての謝罪だい?」


色んな国のステッカーが貼ってあるバイオリンケースに、丁寧にバイオリンをしまいながら俺の謝罪の真意を聞く。


「宝城さんの実力を見誤ってました」

「へぇ~。それはどんな風に?言ってごらん、サニーボーイ」


どんな風って…。


「イケメン見たさに親のコネを用いて仕事を斡旋させる世間知らずの実力なしのお嬢様」

「結構言うね~」

「あの、」

「アハハッ!怒ったわけじゃないさ。聞いたのはアタシだからね」


おずおずと様子を窺う俺を見て一笑した宝城さんを見ていると、社長から聞き出したあの情報が嘘に思えてきた。


「横浜さんの大ファンって聞いたんですけど…」

「そうなんだよサニーボーイ!アタシは何を隠そう生粋の面食いでね!今の推しは横浜真澄様なんだよ!!!」


お、おう…。


「真澄様はなぁ~ビジュが最高でな!日本に帰ってきてテレビで見た瞬間に一目惚れをしてしまったんだ!あれは運命の出会いだったね。彼が出演している作品を片っ端から見て、その演技力、作品に向き合う真摯さ、チャーミングな性格、なにより国宝級の顔面に惚れた!ほんとに!顔が!良い!!!」


好きなものを語るときって早口になるよねわかる。わかるけども、傍から見たらちょっと引いてしまう熱量だ。


顔が良いって3回くらい言ってたし。横浜さんが好きだという情報に間違いはなかったらしい。


「だから今回の仕事はさっきサニーボーイが言った通り、父親のコネをフル活用してもぎ取った仕事さ!」


いや、そんな胸を張って言われましてもね。


「コネは使うためにあるからな」

「迷言ですね」

「名言だろ」

「いえ、迷言です」


しょーもない押し問答の末、宝城さんが折れて”迷言”になった。って、そんなことはどうでもよくて。


「今日、来てもらったのは宝城さんの実力を見るためでもあったんですけど、実はもう一つ理由があって」

「そうなのかい?」

「はい。本当はこれを軽く弾いてもらおうと()()()()んです」


事前に作ってきたバイオリンの曲の楽譜を渡す。初めて作ったバイオリン用の楽譜だ。


「思ってた、とは?」

「その曲はボツです」

「えぇ!?他で使うとか、そういうことじゃなくて?」

「この世から抹消します」

「もったいないからアタシに頂戴な」


抹消する、と言った楽譜を俺から守るように抱く宝城さん。


「あげません。宝城さんには特に!」

「なぜ!そこまでアタシを嫌わなくたっていいじゃないか、サニーボーイ!」

「嫌いだから言ってるんじゃないです」

「へ?違うのかい?」

「違いますよ」


俺のことを小学生だとでも思っているんだろうかこの人は。宝城さんのことは嫌いではないし、仕事に私情を挟むつもりもない。


「その曲だと、宝城さんの良いところが全く出ないんです。せっかくの持ち味を出せないなんて、それこそもったいないと思います」

「……それでも、たとえアタシの良さが全く出ない曲でも。この曲をアタシにくれないか?時間はかかるかもしれないが、お金は払う!」


そこまでして、一体どうして。


まるで宝物でも抱きしめるかのように、誰にも奪われないようにしっかり、けれど壊さないように優しく楽譜を持つ宝城さんに戸惑ってしまう。


「君には、プロの作曲家には、この曲は恥じの一曲かもしれない」


恥じの一曲とまでは思ってませんけど。と思っても、言葉にできそうにないシリアスな雰囲気を醸し出す宝城さん。ここは黙って聞き役に徹する。


「でも!アタシにとっては初めてなんだ!宝城時音(アタシ)のために作ってくれた曲は!」


………そういうことだったのか。俺が実力のないお嬢様向けに作った曲でも、宝城時音に作った曲であることに間違いはない。


ここは俺が折れるか。


「わかりました。その曲は差し上げます。お金もいりません。好きに使ってやってください」

「本当かい!?あぁ、ありがとう!ありがとう…」


これまで曲を作ってきて、こんなにも感謝されたのは初めてかもしれない。改めて素晴らしい仕事をしているんだな、と再確認しつつ、ネームペンと楽譜を持ってにじり寄ってくる宝城さんから逃げる。


「サインとか無いんで!」

「それならフルネームでもいいさ!裏面に書いてくれ!頼む!」

「嫌です!!」

「ここに名前を書いてくれるだけでいいんだ!」

「連帯保証人にはなるなってじっちゃんが言ってたんで!」


じっちゃんなんて会ったことないけど!


「じっちゃんならきっと許してくれるさ!」

「俺も会ったことのないじっちゃんの何を知ってるんですか!?」


―――ガチャリ


「智夏、君らは一体なにをしているんだ?」

「俺が聞きたいですよ」

「サインを書いてもらいたくて」


一定の距離を保ちながら追いかけっこをスタジオで繰り広げていると、様子を見に来た社長に呆れられたのだった。


~執筆中BGM紹介~

「四季」より「夏」作曲:アントニオ・ヴィヴァルディ様

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