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サチ子さん




制作会社が4社も携わる前代未聞のアニメ『四界戦争』。人が多いということは、その分人件費やらなんやら色々かかってくる。つまりこのアニメ制作には莫大なお金が動いているということ。


だからスポンサー企業のお偉いさんの娘がこうして制作側に無理やり食い込んできても、突っぱねることはなかなかに厳しい。


知らず、ため息が出る。


「兄貴。ご飯食べてるときにため息すんのやめろよ」

「夏兄から逃げた幸せ、食べちゃおっと」


ため息をついたら幸せが逃げる、と冬瑚は学校で聞いたらしく、俺から出てしまった幸せ(息)をガシッと鷲掴みして飲み込むふりをする。


「逃げた幸せ食べてくれてありがとう、冬瑚」


わざわざ食べてくれた冬瑚に礼を言うと、両手を合わせて神妙な顔をして言った。


()()()()さまでした…」


冬瑚、それ違う。使い方やらなんやら色々違う。


「ククッ、兄貴から逃げた幸せはお粗末だってよ」


秋人が愉快そうに口の端を上げる。


そうだよな。俺が零すため息から出た幸せなんて、お粗末なものだよな…。


「ごめんな、冬瑚。上等な幸せじゃなくて…」

「ほぇ?」


自分の言い間違えに気付かない、というか、意味を間違えて覚えてしまったから間違えたことにすら気づいていない冬瑚の頭を一撫でして、途中で止まったままだった箸を動かして晩飯を再開する。


何か話していないとまた無意識にため息が出てしまいそうなので手近なところから話題を作り出す。


「この漬物って秋人が作ったのか?」


話題を見つけることも、昔の自分にはできなかったことだ。人の中で暮らして身に付けた。いや、思い出したものの一つ。


「そ。サチ子さんに作り方を教えてもらって、作ってみた」

「サチ子さん…?」

「スーパーのレジのお姉さん」

「もうすぐかんれきって言ってた!」


秋人の交友関係が本当に謎すぎる。しかも冬瑚も顔見知りとは。


「俺もサチ子さんに会ってみたいな」

「なら一緒に買い物来なよ。最近、ずっと忙しそうじゃん」


普段はツンツンしている秋人だが、その瞳には心配の色が見えた。


「そうだなぁ。しばらくはまだ、忙しいかな」

「夏兄、無理してない?」

「うん。冬瑚がこうして心配してくれるから大丈夫だよ」

「にゃにゃにゃー」


自分のご飯を食べ終わって俺の足元にやって来た白猫のハルが自分の存在をアピールすように鳴いた。


「ハルにも癒されてるよ」

「にゃ」


晩飯を食べ終わり、冬瑚と2人で食器を洗っていると、冬瑚がぽつりと言った。


「夏兄はさ、たまに無理をするよね」

「うん?」

「それで、香苗ちゃんはいつも無理してる」

「それは、」

「今日も帰りが遅いし」


俺と香苗ちゃんが社長室に呼び出された後も、香苗ちゃんにはまだまだ仕事があって。最近は連日残業の日々が続いている。


「冬瑚も働きたい」

「「え?」」


いつの間にか台所まで来ていた秋人と共に、思わず聞き返す。


「冬瑚も働いたら、香苗ちゃんも夏兄も楽になる?」


大人が聞いたら、笑い飛ばしてしまいそうな話。子供の戯言と言ったら、それまでの。でも、俺たちは大人じゃないから。


皿を洗っていた手を拭いて、冬瑚と向き直る。


小さな体で、必死に想いを伝えてくる冬瑚にどう伝えようかと考えて、俺じゃダメだと悟る。この場面で、俺の言葉は、学生でもあるけど働いてもいる俺の言葉じゃきっと響かないから。


ちょっぴり寂しいけど、一歩引いて、弟妹達の様子を見守る。


「まず、自分でもわかってるだろうけど、僕も冬瑚も働けない。気持ちでどうこうなるものでもない」

「でも…」

「僕も働けたらいいのに、って思ったことは死ぬほどある」


それはきっと、香苗ちゃんに出会うまでの、父だったあの男が生きていたときの話だろう。


「それでも僕らは結局働くことはできないから。自分にできることをするんだ。例えば料理とか」

「洗濯とか掃除とか?」

「そ。香苗ちゃんも兄貴も家事はとことんダメだからなー。僕たちが助けてあげないと」


いつもお世話になってます。


「それに、香苗ちゃんも兄貴も嫌々働いてるわけじゃない。2人とも、好きな仕事をしてるから、無理じゃなくて、無茶すんの」


もしくは無謀、と秋人の冷ややかな視線が突き刺さる。確かに、風呂上がりに濡れた髪の毛もそのままに作曲に夢中になって風邪をひいたこととかそういえばあったな、と反省する。


「それを止めたり、サポートしたりするのが僕ら家族の役目。香苗ちゃんも兄貴も冬瑚には弱いからな」

「秋人にも弱いぞー」

「けっ」


ちびたっ。秋人の目がびっくりするほど冷たい!デレはどこに行ったんだい!ツンしかないぞ!


兄2人を横目に、冬瑚は秋人から言われた言葉を噛み砕いて受け止めていた。


「つまり、冬瑚は香苗ちゃんと夏兄を癒せばいいんだね!」

「「そういうこと」」


俺の妹の理解力すごすぎないっ!?小3でこの理解力は天才だ!世界中に自慢せねば!


「ただいま~。遅くなってごめんね」


玄関ドアがガチャリと開く音がして、この2年ですっかり聞きなれた声が聞こえてきた。


「あ!香苗ちゃんだ!それじゃあ冬瑚、今から癒してくるね!」


小さい子特有の、ダダダッと歩幅が小さい足音が聞こえて、次いで元気な声が家に響いた。


「おかえりー!!!」

「冬ちゃん!ただいまー!!!」


~執筆中BGM紹介~

はたらく魔王さま!より「ZERO!!」歌手・作詞:栗林みな実様 作曲:中土智博様

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― 新着の感想 ―
[一言] っ。。。なんだ天使か(死)
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