アンバー
アンバー/umber:琥珀
「『四界戦争』の軸となるのは4つの世界。人間族チームの世界に、獣人族チームの世界、妖精族チームの世界でしょ~、そして私達ドリームボックスが担う魔人族チームの世界の4つ……」
前回の4チーム合同ミーティングのときの目的は顔合わせと、全体の大まかな流れの説明だった。そして今日は香苗ちゃんが俺たち魔人族チームの設定やら方向性やらを説明している、のだが。
思わず半目になって隣の席に座るキラキラ男を見る。他にも席は空いているのに何故俺の隣の席にわざわざ座るのだろうか、この人気俳優、横浜真澄は。
話に集中し辛い、と思ったとき、思いがけない言葉が香苗ちゃんの口から飛び出てきた。
「……だと思った?」
「「「え?」」」
香苗ちゃんの爆弾発言に、この場にいた誰も彼もが状況を把握できずにいた。だって、アニメのタイトルが『四界戦争』なのに、4つの世界じゃないって言われたらそりゃ「え?」ってなるよ。
俺たちのあんぐりと口を開けた顔を見て満足そうに頷き、香苗ちゃんは衝撃発言の真意を話し出した。
「私達の魔人族チームの世界は、物語が始まるときにはもう滅びてるの」
え、滅びてる!?それじゃあ『四界戦争』じゃなくて『三界戦争』では…!?
「魔人族の世界を滅ぼし、そして悪の根源であり物語のラスボスとなるのが天神族よ」
滅ぼされたのがいかにも”悪”っぽい魔人族で、実際の悪の根源が天神族とは皮肉が効いている。でも、そうか。そうなると、魔人族チームの登場人物ってどうなるんだ?
俺と同じ疑問を持ったスタッフが質問をする。返ってきた答えはある程度は予測がついていたものだった。
「魔人族チームとして登場する人物たちは全員、死んだ魔人族の体を乗っ取った天神族よ。それで、真澄君!」
「はい!なんでしょうか香苗さん!」
ムムム。何故名前で呼ぶんだ。苗字でいいじゃないか。
「真澄君には、天神族バージョンのアンバー君と、魔人族バージョンのアンバー君の2役を演じ分けてもらいます」
香苗ちゃんの言う『アンバー君』とは魔人族チームの主人公の名前、つまり横浜さんが演じる役の名前である。
「香苗さんは、俺に2役を演じ分ける能力があると思いますか?」
自信の無さからくる疑問ではなく、まるでわかりきった質問の答えを聞くかのような言い方に、横で聞いていた俺が眉を寄せてしまう。
「できると思う。というか、できないとは言わせないわよ。現に今だって…」
演じ分けているじゃない?と言外に香苗ちゃんが言った……ような気がした。
「そうですね。プライベートと仕事のときではたしかに多少は演じ分けているかもですね」
「ふふ。そういうことにしてあげてもいいけど」
2人の会話が難易度高すぎて俺には理解できない。けど、これだけはわかる。香苗ちゃんも横浜さんも、笑いながら火花を散らせるタイプの人間だ…!
「うおっほん!」
「あ」
香苗ちゃんと横浜さんがバチバチに火花を散らしていると、ずっと沈黙を保っていたうちの女社長が口を開いた。
「香苗、あとで社長室に来るように」
職員室に来るように、みたいな感じで言われとる。横浜さん達を含めた魔人族チームの声優陣はこの光景を見て驚いているが、うちでは日常茶飯事だから今さら誰も驚かない。精々、「あーまたやってるな~」と笑うくらいだ。
というか。
「質問いいですか?」
「どうぞ~」
「俺たちのチームの呼び方は今のまま魔人族チームでいいんでしょうか?」
「いい質問だ!魔人族が天神族に滅ぼされたことを知っているのは、今のところは私達と総監督と各チームの代表くらいなの。だから、このことは秘密ね。つまり、対外的には私たちは魔人族チームよ」
なるほど。つまり今後の物語のカギを握る重要なポジションにドリボは就いた、と。そして俺はその音楽を担当する。俺たちだけが知る秘密、って聞いただけでワクワクしてくる。
「男の子って”秘密”とか”私達だけ”とかそういう言葉が好きだよね~」
「うっ…」
ワクワクしていたのを香苗ちゃんに見抜かれてしまった。恥ずかしい…。狐面をしてて良かった。今頃赤くなってるはずの顔を少なくとも上半分は隠せているだろうから。
「これはまさかの母性本能をくすぐるタイプか…」
「…?」
横浜さんが隣でなにやら真剣な表情で呟いているが、小さすぎて何と言っているかわからなかった。わからなかったのだが、ムッとしたのは何故だろう。
「あ、そうだ。智夏!」
「はい」
今思い出した、といった様子で俺の名前を呼んだ社長。
「智夏もあとで職員…じゃない。社長室に来い」
自分でも職員室って言いかけてるし。てか、社長室に呼び出されるようなことを何かしたかな…?
不安に駆られながら、ドリボでの今日のミーティングは終わり、とぼとぼと社長室に向かうのだった。
~執筆中BGM紹介~
未来日記より「空想メソロギヰ」歌手:妖精帝國様 作詞:YUI様 作曲:橘尭葉様
アンバー君の名前の由来は瞳の色が琥珀色だからです。
そして天神族の呼び名、セイクリッドですが、これは神聖な~とかそういう意味です。




