番外編 数学科準備室
鈴木が主人公のお話、第二弾!
12月上旬のこと。
朝からどんよりと気の滅入りそうな重く暗い空を眺めながら登校していたときだった。
「勉強を教えて…、ください」
声が聞こえて視線を空から地上に下ろしてみれば、目の前には愛羽さんがいた。曇り空と美人、うーん、美人の迫力が増すな。
「愛羽さん」
「カンナ」
「…カンナさん」
人前で言われた通り目の前の相手を素直に「カンナ」なんて呼んだ日には親衛隊に跡形もなく抹消されるだろう。しかし「愛羽さん」と呼ぶと当の本人が不服そうにするため、「カンナさん」と呼んでいる。「カンナ」も「カンナさん」もほぼ変わらねぇだろって?そうだよ変わんねぇよ!でも女子を下の名前で呼ぶのって……こっ恥ずかしいんだよ!
「鈴木もA組ってことは頭良いのよね?」
「勉強できなさそうな見た目してるのに、って言いたのか?」
「ひねくれた捉え方をしないで。…まぁ、ちょっとは思ったけど」
「思ったんかい!」
それを正直に言っちゃうとは、さてはお主、素直属性だな!いや、何も考えてないだけか?
「いま、失礼なこと考えてる?」
「口に出したら殴られそうなことを考えてた」
「口に出さなくても顔に出てるのよ。…えいっ」
「ンガァッ」
可愛い掛け声でとんでもない威力のデコピンをされた。脳みそ爆発したんじゃ!?とんでもねぇよ、この威力。あんな細い指でどうやったらレーザービームを撃ち込まれたみたいな衝撃を出せるんだよ!…レーザービームに撃たれたことないけど!
「痛ってぇ…。で、なんだっけ?」
「だから、勉強よ!べ・ん・きょー!」
「うっせっ!そんな叫ばなくても聞こえるっつーの!」
「…!」
やっべー。親衛隊の視線がすげぇ刺さってくるし、カンナさんはめっちゃ驚いた顔してるし。なんだよ、俺が何かしたのかよ。
「そういう言い方はあんまりされたことが無くて、驚いちゃったわ」
驚いたって、男子と話してたらこれくらい普通じゃ…。あ、そっかそういうことか。
「俺は御子柴みたいに優しく話せねぇよ」
あんな聖人君子みたいなやつに俺はなれない。なろうとも思わない。
「…ごめんなさい。無意識に比べちゃってたみたい」
しゅん…とワンコみたいに落ち込むカンナさんを見て、自分の幼稚さに呆れた。
御子柴と比べられたからってイラつくとかダッセェな、俺。せっかくあっちから歩み寄ってくれたんだ。俺だって歩み寄るべきだろうが。
「…ごめん!そりゃ比べちゃうよな!なるべく優しく話せるように頑張るから!」
「いいえ、そのままでお願い」
「いいのか?」
「えぇ。だって、」
だって?
「優しく話す鈴木なんて想像しただけで鳥肌が立つもの」
「俺だって優しく話せるでございますけど!」
「優しさの意味を間違えてるわ」
「そーかよ。じゃ、放課後にな」
「え?」
「え?じゃなくて。勉強だろ?放課後に数学科準備室に集合で!」
そう言い残して駆け足で校舎に入る。
や、やっべぇ…。女子と2人っきりで約束しちまったよ。勉強会だけど。でも、男女が2人ってことはそれはつまりデートと言っても過言ではないのかもしれなくもないのかも…。いや、相手は失恋したばっかだぞ!まだ失恋して2か月も……いや、もう2か月、なのか?
悶々としながらその日の授業を終え、放課後を迎えた。
数学科準備室の鍵は俺が持ってるし、待たせるわけにもいかないから早足で集合場所の教室に向かうと、まだ誰も来ていなかった。
ガチャリと鍵を開けて、普通の教室の半分くらいの大きさの教室に入る。準備室、と言うだけあって物置のようになっているのだが、きちんと机と椅子はある、というか用意した。
「失礼しまーす。あ、ほんとにいた」
「ここを指定した本人がいないわけないだろ」
「だって、この教室の存在を今日初めて知ったし。そもそもどうやって鍵を手に入れたの?」
ふっふっふっ。よくぞ聞いてくれた。
「入試から今まで学年1位の成績を収めてきた特典で、この数学科準備室をもらったんだよ」
おー驚いてる驚いてる。俺もダメ元で校長に「教室ください!」ってお願いしたら本当にくれて驚いたからな。
「え、1位ってあなただったの?」
驚いたのそっち~~~~!?
ちょっと予想はしてたけどな!
「新入生代表で挨拶もしたんだけどな」
「覚えてないわ」
「なら覚えておいてくれ」
この日からテスト前に、俺とカンナの2人の勉強会が数学科準備室で始まったのだった。
男だったら誰もが想像するであろう、女子と2人っきりのシチュエーション。青い春が待っていると思ったそこの男子!青春なんて1ミリも起こらなかったぞ!徹頭徹尾、勉強会でした!チキショー!




