しゅみ、しゅびば!
横浜さんとカンナが口喧嘩を始め、俺が仲裁に入ろうとしたが無駄に終わり、なんやかんやでいつの間にか喧嘩の内容が今回の声優の仕事に対する議論に発展していった。不思議なこともあるもんだなー。
喧嘩ではなく論戦になったことで、俺もようやくずっと気になっていた方へ行ける。
「みなさーん。俺のサインを俺がいないところで勝手に決めないでくれませんかー?」
誰かが持って来ていたスケッチブックに油性ペンで何個も俺のサイン候補が書かれていた。
「智夏氏~ちょうどいいところに。ちょっとこれを見てくだされ」
AFLOさんがそう言って3枚の画用紙を俺に差し出す。全部俺のサイン候補だった。1枚目は英語の筆記体をちょこっと崩して可愛くアレンジしたもの。2枚目はひらがなでちょこっとオシャレに描いたもの。3枚目は……なんだこれ。漢字か?象形文字みたいな文字が並んでいる。どうやって書いたんだろ。古代人でもいたのだろうか。
「どや?なかなかのもんやろ?」
佐久間さんがペンをくるくる回しながら自慢気に言ってきた。
「3つとも佐久間さんが考えたんですか?」
「私以外の3人が考えた!」
つまり氷雨さんとAFLOさんと茂木さんが考えた3つのサインを何故か佐久間さんがドヤ顔で自慢してきたわけか。色々と流石だなぁ。
「氷雨が筆記体のサインで~、AFLOがひらがなの可愛いやつで~、芸術的なのが茂木さんが書いてん」
「へぇ~。氷雨さん、筆記体書けるんですね。カッコいいです」
「うん。知ってる」
カッコいいに対して知ってると返す。…そこに痺れる憧れるぅ!氷雨さんまじかっけぇっす。
「茂木さんってもしかして古代エジプトとかから来た人だったりします?」
「実はね…」
クククッと笑っている茂木さんはもしかして…
「こういう文字を考えるのが好きなんだよね」
「ですよねー」
そういうオチですよねー。でも、エジプトの壁画とかにこの文字が書かれていてもなんら違和感がないくらいにすごい。
「本当にすごいですね」
まじまじと茂木さんが書いてくれたサインを見ていると、AFLOさんが自分が考えたサインの紙を持ちながら泣きついてきた。
「我の考案したサインは無視ですか智夏氏~!!」
「おわっ!?すみませんわざとじゃないんです!!」
「無意識でありますか!?無意識で我を後回しにしたのでござるか!?智夏氏のドSめ!」
…。
「そんな顔で見ないでぇっ!!」
狐面で顔の上半分が隠れているのに表情が伝わるなんて…。
「あ、ああああああああああのーーーーーーー!!!」
「うわっ」
ガクガクに震えながら真っ青な顔で後ろから叫び倒したのは……えっとたしか………獣人族チームのヒロインの声を演じる井馬さんだ。
「わっわわわわわわわわわとぅ、しッッッ!」
「なに言ってんのか1ミリもわからんわ!」
「ひゃい!しゅみ、しゅびば!じぇん!」
あまりの井馬さんの緊張っぷりに同じく獣人族チームの佐久間さんが思わずツッコミを入れるが、それがさらに緊張を悪化させる。
初めて会うタイプの人間だ……どうしよう。AFLOさんと茂木さんは俺の後ろに隠れてるし、氷雨さんは半分寝てるし、佐久間さんはツッコミ魔王だし。ここは俺が、俺がなんとかするしか!
「井馬さん、だよね?」
「ふぁイ!」
「どうしたのかな?」
俺の後ろではAFLOさんと茂木さんが「井馬氏は智夏氏より年上でありますな」「完全に小さい子扱いしてるよ」とか言ってるが耳に入ってこない。
「しゃ、ひゃくま、さん、に!ごごごごご挨拶を!」
なるほど。同じチームの佐久間さんに挨拶しようと思って来たんだな。
「佐久間さん!井馬さんが佐久間さんにご挨拶したいそうです」
「そうやったん?はよ言うてよ~」
「しゅば、しゅみま、すぇん!」
こんなに噛み噛みの緊張しいで、声優のお仕事は大丈夫なのだろうか。
「井馬さんね、憑依型声優って言われてて役に入ると凄いんだよ」
後ろに隠れてた茂木さんが教えてくれた。てか茂木さんが何故俺の後ろに隠れるんだよ。後輩の井馬さんを助けてあげてくださいよ。異性の年下相手に接し辛いのはわからなくもないですけど。
「役に入っていない状態もある意味凄いでありますけど」
「2つの意味で声優界隈では有名人さ」
「2人ともいつまで俺の後ろに、」
隠れているんですか、と言おうとしたとき、アニメ制作会社4社で話し合っていた彼らが同時に立ち上がって叫んだ。
「「「「よろしい、ならば戦争だ!」」」」
…どうしてそうなった。
~執筆中BGM紹介~
どろろより「さよならごっこ」歌手:amazarashi様 作詞・作曲:秋田ひろむ様




