メリケンサックでぐりぐり
「ごめんなさいっスー!!」
彩歌さんが半べそをかきながら謝ってきて、あの『助けて』の真相を話し出した。
「智夏クンに送ったそのメッセージは、本当はみーちゃんに送るつもりだったんス…。それがうっかり間違えて智夏クンに送っていたみたいで。心配かけてごめんね。ちゃんと確認すればよかった」
つまりあの『助けて』は本来、彩歌さんの親友のみーちゃんこと美奈子さんに送るつもりだったが、間違えて俺に送ってしまった、と。でも、結局SOSを出したことに変わりはないってことだ。
俺、彼氏なのに…。助けを求める先が俺じゃなくて親友…。
判明した事実に項垂れそうに……って、ここ玄関だった。4月とはいえ玄関に座っているとひんやりとするので、立ち上がり、しゃがんている彩歌さんに手を差し伸べる。
「ありが……っ」
「彩歌さん!!」
俺の手を取り立ち上がった彩歌さんだが、その直後に顔から血の気が引きふらついた細い体を咄嗟に支える。
「…ごめんね。もう大丈夫」
「大丈夫って…」
そんな真っ青な顔で言われても、全然信憑性がない。
「とりあえずソファーに座りましょう。歩けますか?」
「ありがと。ほんとに大丈夫っスよ」
その言葉通りスタスタと歩いていく彩歌さんの後をついて行く。さっきはふらついていたのに、いまは普通に歩いている…。どういうことだ?
疑問に思いながら2度目ましての彩歌さん家のリビングに入る。アポなし訪問なので前回よりかは物が多少ごちゃっとなってる気がするが、人間味があって好きだ。
「智夏クン、ほらこっちこっち」
ぺちぺちと彩歌さんが自身の座るソファーの隣を叩く。こういうことで喜んじゃう俺はもう相当だな…。
彩歌さんの隣に座ると、彩歌さんの方からぎゅっと俺の左手を握ってくれた。
「彩歌さん、寒い?」
びっくりするほど繋いだ彩歌さんの手が冷たくて、驚いてしまった。
「ううん。ちょっと貧血気味なんス」
「貧血…」
貧血って大丈夫なんだろうか…?顔色が悪いし、病院に行った方がいいんじゃ…。
「その…今日助けを呼んだのはね。……………生理痛がひどくて、みーちゃんに痛み止めを買ってきて貰おうとしたんス」
生理痛ってたしか女性の毎月おきる月経の症状で痛みを感じることもある…って保健の教科書に載っていたような。
「な、なるほど…」
「そんなこの世の終わりみたいな表情しなくても。別に死にはしないっスから」
「男の俺には想像がつかない痛みなので…」
「う~ん、そうっスねぇ…。お腹の中からメリケンサックでぐりぐりされてる感じ?」
「ヒェッ」
メリケンサックってあの、殴るときに殺傷力を上げる、あの凶器のことだよな?想像するだけで鳥肌が立つ。
「そんな痛みを毎月味わってるなんて…」
「いや、毎月ってわけじゃないっスよ?全然痛みを感じないときもあるし。もっとひどいときもあるし」
もっとひどいって。世の女性たちはそんな苦労を毎月味わっているのか…。女性の強さの根源の一端をいま知った気がする。
「痛み止め、買ってきますよ」
動くのは絶対辛いだろうし。さっき俺のせいで床にしゃがませちゃったことが悔やまれる…。
「だ、大丈夫?生理痛の痛み止めを智夏クンが買いに行くのはハードルが高くないっスか?」
「大丈夫です!任せてください!」
周囲の目よりも彩歌さんの平穏第一!
近所のドラッグストアに駆け込み、痛み止めの陳列棚の前で立ち尽くす。種類多すぎでは~!?めちゃめちゃ数が多いんですけど。どれが効くんだ!?
散々迷った結果、ドラッグストアの薬剤師の方に勧められたものを買い、急いで彩歌さん家に戻る。
「遅くなってすみません…」
「その様子だと、相当頑張ってくれたみたいっスね」
えらいえらい、と頭を撫でてくれた彩歌さんに俺が逆に癒された一幕もあったが、彩歌さんに痛み止めを飲んでもらうことに成功した。これで少しは痛みが治まるといいんだけど…。
痛み止めを勧めてくれた薬剤師のマダムから「生理で辛いときはお腹をあっためるといいよ」というアドバイスを頂いたので、実践に移すことにする。
台所で薬を飲んでリビングに戻ってきた彩歌さんを、ソファーではなく温まったカーペットの上で迎える。
「彩歌さん」
両手を広げて名前を呼ぶと、俺の考えていることがわかったのか、ちょっと顔を赤らめながらあぐらをかいた俺の足の間に座った。
俺に背中を向けて座る彩歌さんの首筋から、プレゼントしたネックレスのチェーンが見えて嬉しくなる。
大人しく座る…というかカチンコチンに固まっている彩歌さんの体に手を回し、お腹を温めるようにしてそっと抱きしめる。
「痛かったら言ってください。すぐ離れます」
「…痛くない、から。離れないで」
~執筆中BGM紹介~
「2つのメロディー Op.3第1番」作曲:アントン・ルビンシテイン様




