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女性声優陣



作曲した『集え、勇者たち』は孤独に戦おうとしていた主人公の元に、仲間たちが集まるシーンで使われる。


こうしてアニメーションのキャラクターに生命()が吹き込まれる瞬間に立ち会って、そのシーンで実際に『集え、勇者たち』が流れて、ふと違和感を感じたのだ。


「言いたいことがあるならきちんと言いたまえ。君は見学に来ているわけじゃない。ここに作品を作りに来ているんだろう」


と俺に言ったのは監督の次に指揮権を持っている、赤川(あかがわ)さんである。ちなみに同じ苗字の文豪の名前である「次郎」と呼ぶと怒るとか。


『ツキクラ』の劇場版制作に伴って初めて赤川さんと絡んだのだが、どうにも苦手というか。馬が合わなさそうというか。今日だって五十嵐監督から見学しにおいでと言われて来たので、赤川さんの言葉に反論したいのだが、グッと堪える。彼女の前でみっともないところを見せるわけにはいかない。……けど、やっぱり好きにはなれそうにないから心の中で「じろぴょん」と呼ぶことにしよう。


超控えめな反抗をしようと心に決めてながら、部屋に設置してあるキーボードの前に移動して、じろぴょんに提案をした。


「BGMを今ここでアレンジしてもいいでしょうか?」

「ほう?私は今のこの曲()いいと思うが?」

「「この曲()いい」ではダメなんです。「この曲()いい」じゃないと。だから、お願いします。みなさんの貴重な5分を俺にください…!」


深く、頭を下げる。彼女の前でみっともない姿を晒せないって思ってすぐコレだ。俺のこんな姿を見て、彩歌さん、がっかりしただろうか。幻滅しただろうか。頭をあげるのが、怖い…。


「大丈夫っス」


頭を下げっぱなしだった俺の肩に、ぽん、と温かい手が、聞きなれた愛しい声と共に乗せられた。驚いて顔を上げると、目の前には優しく笑う彩歌さんの姿があった。驚いて声も出ない俺に、ゆっくりと、背中を押すように声をかけてくれる。


「5分と言わず、10分でも20分でも大丈夫っス。最初から私らがたくさん撮り直す前提で多めに時間を取ってありますから。『ツキクラ』がより良くなるとわかっていて何もしないのは作品に対する冒涜(ぼうとく)っス。ちな、御子柴さんならきっと大丈夫!だから、思いっきりやっちゃってください!」


この場で一番多忙であろう彩歌さんがこう言ったのだから、他の人はもう拒否できないとか、ここで否定したら作品を冒涜することになるからもう誰も何も言えない、とかそんなことを思う前に。


目の前で笑う彼女に。力強く応援してくれる彼女に。絶対的な信頼を寄せてくれる彼女に。


一段と深く、惚れてしまった…。


彼女に相応しい男になりたい。期待に応えたい。いつか彼女に「私の彼氏はすごい!」って自慢してもらえるような男に…!


「5分だ。5分で最高の曲にしてみせろ」


彩歌さんに惚れ直していたとき、じろぴょんからの横やりが入って意識が現実に戻った。


「…はい!」

「なんだ今の()は?」

「なんでもないです!」


そんな細かいことを気にしてたらいつか禿げちゃうよ、じろぴょん。


キーボードの前に椅子を用意し、まずは原曲の『集え、勇者たち』のアニメーションで使われている部分だけを演奏する。


この曲は主人公の心の動きをイメージして作った曲だ。作った時は感じなかった違和感の正体はこれだ。


こうして客観的にアニメーションと、声と、BGMを合わせて観たことで、浮かび上がった違和感。


このシーンは、主人公視点のBGMではダメなんだ。ヒロインの視点でも、集まった仲間たちの視点でもなくて、スクリーンの前の観客の視点に立ってBGMを作らないといけなかったんだ。


世界を主人公から、物語を楽しむ観客たちへシフトする。物語の最大の()せ場で観客の心を一気に鷲掴みするような曲に。まるで映画を見に来た自分たちが、主人公の元に集結した仲間のように思えてくるような。


イメージを脳内で音符に変換し、メロディーを構築していき、キーボードで実際に演奏して曲にしていく。


「できた」


最初から作り直したわけではなく、原曲の『集え、勇者たち』を元にアレンジしたため、時計を見たら5分も経っていなかった。


「お待たせしま……えっ!?」


キーボードから両手を離し、後ろを見るとそこには人、人、人。アフレコブースにいた声優のみなさん全員が俺を半円状に囲んで見ていたのだ。


気付かなかった…。圧が強い多田さんなんてもう鼻息が俺の前髪を揺らすくらいに近い。


「あ、あの。多田さん少し離れっ」

「作曲風景を初めて見させてもらったんですけど、本当に本当にすごいですね!自分、感動しました…!」


や、やだこのままじゃ彼女の前で多田さんとキスする羽目に…!


「茂木さんヘルプですー!」

「はいはーい。多田さん、落ち着きましょうね。……俺も初めて見ましたが、なんというか…圧巻でした」


茂木さんが多田さんの襟首を掴んで実力行使で引き剥がしながら、感想を言ってくれた。お世辞も入っているだろうけど、褒められて悪い気はしない。…え、褒められてるんだよな?


「御子柴さん!私もう感動しちゃいました!」

「すっごくカッコよかったです~!」

「もう一回演奏してみてくださ~い!」


多田さんという超至近距離の壁が無くなった途端に、若手の女性声優陣がグワッと迫ってきて、早口に次々と感想やらリクエストやらを言ってきた。


なんだなんだ?こんなに近づいてくるほどにみんな作曲に興味深々なのだろうか…?


あたふたしながらなんとか対応していると、震えるくらい綺麗な声が舞い降りた。


「おしゃべりはそこまでっスよ…?」


それまでずっと流れるように話していた女性声優陣のおしゃべりが一斉にぴたりと止まった。俺の前にいた声優の人たちは彩歌さんの後輩にあたる方たちだが、彼女たち一人一人に目を合わせて、にこりと笑ったあとに表情がスッ…と消えた。


「返事は?」

「「「は、はい!」」」

「はいィィィ!!!」


彩歌さんからの謎の圧に雲の子散らすように隣のアフレコブースに戻る女性声優の皆さんと、声が裏返る俺。おかしいな、指先が震えてるぜ…。


ブリザードを纏う彩歌さんは、俺の周囲に集まっていた声優さんたちをアフレコブースに戻した後、器用に小声で俺の耳元で叫んだ。


「可愛い子たちに囲まれて良かったっスね!!」


……………………これはもしや?



~執筆中BGM紹介~

ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルドより「オープニングテーマ」作曲:片岡真央様

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