冒険の仲間
遅刻しましたすみませんっっっ!
社長に作業風景を撮ると言われた一時間後。俺はドリボの新しくできた第2スタジオにやって来ていた。ここでは今、劇場版の『月を喰らう』のアフレコが行われているのだ。
声優さんたちもやって来ているので俺の顔には鼻から上だけの狐面が付いている。
今回のアフレコにはヒロイン役の彩歌さんも来ているわけで…。
「よろしくお願いします、御子柴クン?」
「はい。こちらこそ今日はよろしくお願いします。鳴海さん?」
今日は彼氏彼女じゃなくて、仕事仲間。俺たちは仕事仲間。と自分に言い聞かせる。呼び方も俺たちが付き合ってるって周りに悟られないように苗字に変えたのだ。この業界に入ってから何回か「声優のあの人とあの人って付き合ってるらしいよ」的な噂を耳にしたことがある。
どこから噂になるかわからないから、とにかくきをつけなければ。…あ、彩歌さん、前髪をピンで留めてるの、ごっつ可愛い……って、いかん!去れ煩悩!こんな気持ちを悟られたら終わりだぞ!
彩歌さんは俺と挨拶を交わした後にすぐ声優さんたちが集まって話している場所に戻って行ったが、それと入れ替わるようにして男性声優の方が1人、俺に向かってきた。
あの人って主人公の声を担当している…
「御子柴さん!こうして話すのは初めてですよね。自分、多田篤人って言います!会えて嬉しいです…!」
「は、はいぃぃ」
圧が、圧が強いよこの人ー!!
『ツキクラ』の主人公のキャラがクールなだけに、余計に多田さんの強烈なキャラが際立っている。身長が多分180後半くらいある人にぐいぐい来られて、俺の背中が極限までのけ反っている。
「多田さん、御子柴さんに引かれてますからその辺にしてくださいね」
そう言って俺から多田さんを引き剥がしてくれたのは、黒縁の眼鏡をかけた男の人だった。
「初めまして。俺は茂木孝直です。この人の保護者?的なことをやってます」
茂木さんは確か主人公の冒険の仲間の1人。熱血キャラの声を充てていたはず。役柄と声優さんの人柄は関係ないとはいえ、この2人は正反対だな…。
「初めまして。御子柴智夏です。今日はみなさんよろしくお願いします」
ある程度距離ができたところでぺこりと頭を下げる。彩歌さんやこの2人、その他にも多くの人気声優のみなさんが携わってくれている。
改めてすごい現場に参加しているもんだな…と感慨深くなる。
「本番入りまーす!」
スタッフの1人が声を張って全員に告げる。その瞬間に糸をピンと張ったかのような緊張感が現場にできた。
この全員がこの仕事に誇りをもって挑んでる感じ、この緊張感はとても居心地がいい。俺も気を引き締めて挑まなければ。多田さんや茂木さんにも……そしてなにより彩歌さんにも、置いて行かれるのは嫌だからな。
分厚いガラスの向こうの部屋では、声優さんたちがキャラに命を吹き込んでいる。
現在録っているのは劇場版の最終局面。敵に立ち向かう前の、決戦前夜の風景。
『俺はもう、仲間が死ぬのは見たくない…!』
『だから私たちを置いて、たった1人で戦いに行くというのですか?それを知ってなお、私たちが何もしないとでも思っているのですか!?』
主人公が苦し気にヒロインに本音を吐露するシーン。ここは敢えてBGMを入れない。声の迫力だけで充分すぎるほどに心情が伝わってくる。
後ろから主人公の仲間たちと、劇場版限定の仲間たちがやって来るシーンでBGMが流れ出す。曲の名は『集え、勇者たち』。曲を作った時は納得した、のだが…。
「う~ん…」
なんか、違う…、ような。歯車が噛み合っていないというかなんというか。
俺がうんうんと唸っていると、俺の前にいた現場の監督さんがアフレコをストップさせた。
「一旦止めようか!……御子柴君」
「っ、はい!」
「言いたいことがあるならきちんと言いたまえ。君は見学に来ているわけじゃない。ここに作品を作りに来ているんだろう」
総監督の五十嵐監督から「見学においでよ~」と言われたから来ました、とは言えない雰囲気だ…。でも確かに、妥協はダメだよな。
「BGMを今ここでアレンジしてもいいでしょうか?」
やるなら満足するまで徹底的に本気で挑まないと!




