2人がけのソファー
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初めての彼女の部屋、そして鍵を使うときがとうとうやって来たのだと意気込んでいたものの、第三者の介入によってすべてが台無しになってしまった。
鍵を開けるのも彩歌さんがやったし、なんなら彩歌さんが部屋に入った後にみーちゃんが入って扉を閉めようとしたからね。俺、締め出されかけたからね。
でも、初めて彼女の部屋に入ったことに変わりはない。
「俺の彼女のいい匂いがする…ってか?妄想大好き高2男子めが!」
「勝手に俺の気持ちをアテレコするのはやめてください。いい匂いなのは事実ですけど」
いちいち突っかかってくるこの猪みたいな女をどうすべきか…。彩歌さんの親友だから無下にはできないし。
「お、智夏クン気づいたっスか?実はクッキーを焼いてたんスよ」
クッキーの甘い香りもしていたが、それだけじゃない。この空間自体が心地の良い匂いというか雰囲気というか。
キッチンを通り過ぎて、目に飛び込んできたのは緑、白、茶の落ち着いた色合いだった。綺麗に整頓された部屋には、小さめの2人がけのソファーとそれに合わせた膝の高さくらいのテーブル、そして仕事机らしきものとインテリアに合わせた本棚、CDラック、その隣にテレビが配置されていた。
引き戸が一つあり、その向こうにも部屋があるが、多分そこは普段彩歌さんが寝起きするベッドが………心頭滅却!悪霊退散!
「おいエロガキ。なに想像してんのか知らないけどあっちの部屋には行かせないから」
クッキーを取りに行っている彩歌さんはこの場にはいないので、いまは俺とみーちゃんの2人だけ。
「許可もなしに行きませんよ」
「忠犬か」
「俺は、彩歌さんが嫌がるようなことは絶対にしないです」
「ぐぬっ」
この人が俺に対して何を思っているのかわからないが、俺は敵対する気はない。
「2人ともお待たせ~。ほら座って」
座って~と勧められたのはソファーだが、それは2人がけ。ここには3人。さて、どうすべきか。もう答えはわかってる。
「お2人はソファーにどうぞ」
女性2人をソファーに誘導し、俺は対面のカーペットの上に直接座………ろうとしたとき、意外なことに、みーちゃんが待ったをかけた。
「……いい。彩歌とあんた、2人で座りな」
「いやいや!ここはお客様がソファーに座るべきっス」
「彩歌さん、俺とみーちゃんがソファーで隣同士で座ってもいいんですか?」
これで「いいよ!」って快諾されたらへこむ。
「っ!確かに、それは……嫌っス」
「……じゃあ全員でカーペットの上に座ればいいんじゃない?」
「「お~」」
「息ぴったりかーい」
みーちゃんの提案で、結局3人でテーブルを囲むようにしてカーペットの上に座ることになった。
人数分のお茶が入ったコップと大きな皿に乗った色々な形のクッキーがテーブルの上に鎮座する。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
サクサクした食感に続いて優しい甘さが口の中に広がる。バレンタインのチョコを食べたときも思ったが、
「彩歌さんの作るお菓子はどれも美味しいです」
「ほんとに?嬉しいこと言ってくれるっスね」
はぁ~幸せ。クッキーが何倍も甘く感じるくらいに幸せだ。
「ちょっと、2人だけの世界に入らないでくれる?」
「あ、そうだった。紹介がまだっスね。こちら、私の高校時代からの親友の」
「矢代美奈子よ」
あごをツンと上げ、胸を張って名前を告げるその姿はどこかカンナを彷彿とさせる。
「それで、こちらが私の……へへ、彼氏っス」
「彼氏の御子柴智夏です」
この自己紹介いい。すごくいい。
「みーちゃん、私たちが付き合ってるのは内緒でお願いするっス」
「わかった。口止めされなくても言いふらすつもりはないけどね」
「さっすがみーちゃん!」
ぎゅーっと抱きつく彩歌さんの頭をよしよしと撫でて、俺を見て勝ち誇った顔をする矢代さん。………ほんとにね、久しぶりにね、こんなにイラッッッ!としたよね。
ま、まぁ?相手は女性だし?こういうスキンシップは普通だよな。普通なんだろうけど、あのドヤ顔腹立つな…。
「智夏」
「なんでしょうか矢代さん」
「美奈子さんと呼びな」
「なんでしょうか美奈子さん」
年上女性には逆らえないような機能でもついてんのかな…。素直に従ってしまう自分が憎いッ!
「遊びじゃないよね?」
「はい。真剣にお付き合いしてます」
なんだろうこの状況。まるで彼女の実家に挨拶しに行っているような緊張感がある。行ったことはないけれども。いずれは彩歌さんの家族にもご挨拶に伺わないと。
矢代さんからの質問に彩歌さんが疑問を覚えたようで、首を傾げながら聞いた。
「みーちゃん?どうしたっスか?」
「彩歌、ごめんね。私いまから嫌なこと言うから」
え…俺いまから何を言われるんだろ。
「彩歌は声優っていう不安定な職業に就いてる。今は人気声優としてやってるけど、いつその人気が途切れるかもわからない。高校生にこんなことを聞くのは酷だってわかってる。でも、そんな将来が見えない女と、いずれは結婚したいって思える?」
「はい」
「……………もっと考えてから返事をしなよ」
「考えを重ねようとも、俺の返事は変わりません」
目を逸らすことなく、ただ真っすぐに矢代さんを正面から見る。きっと、彩歌さんをこれまで守って来てくれたのだろう。職業を聞いて近づいてくる輩や、見た目だけでホイホイ寄ってきた人たちから。
「俺は、彩歌さんの声優という職業に真剣に打ち込むその姿勢に、鮮やかな歌声に、ふとした仕草や口癖、歳の差含めて全部を好きになったんです。え…と、つまり何が言いたいのかと言いますと…」
「たとえ彩歌さんが無職になったとしても養ってみせます!……違うか。幸せにしてみせます!だな」
こっちの方がしっくりくる、と1人頷きながら納得していたが、他の2人はそれどころではなかった。
(高校生で養ってみせるって言えるって、何者だよこの男は!?っていうか今の私のポジション、完全に娘を嫁に出したくない頑固おやじでは!?)
と戦慄する者と、
(智夏クン…その言葉はまるでプロポーズみたいだけど、きっと気づいてないっスね。そんな抜けてるところも可愛い。あと、無職にはならんよ、多分)
ほのぼのとしている者と。
お茶を飲んで落ち着いてきた頃に自分の言葉を思い出してじわじわと顔が赤くなる智夏だった。
~執筆中BGM紹介~
「老人と海」歌手:ヨルシカ様 作詞・作曲:n-buna様
アーネスト・ヘミングウェイの短編小説「老人と海」をモチーフにしている歌だそうで。




