好きなことを好きなように
「待ってたよー!!」
「最後のライブなの~!?」
「辞めないでー!!」
「ライブ最高ー!!」
「眼鏡はずせー!!」
陽菜乃先輩が言ったラストライブの言葉を聞いて、盛り上がる人もいれば悲しむ人もいる。
ステージ上で眼鏡はただ一人。…俺の眼鏡は外さない!
少しずれた眼鏡の位置を直し、客席に向かってサムズアップをする。外さない、眼鏡は絶対、外さない
「それじゃあ一曲目は~、学校祭でも演奏した『ツキクラ』の主題歌を!前よりもパワーアップして演奏するよー!え?何がパワーアップしたって?それはねぇ、ギターのすみれとドラムの虎子がハモってくれるのさ~。楽しみでしょう~!!!」
「「「楽しみー!!」」」
陽菜乃先輩が終始喋り倒しているのは、まぁ、適材適所ってやつである。こういう大勢を引っ張る能力は、この中では陽菜乃先輩がピカイチなのだ。
陽菜乃先輩が右手を天に伸ばすと、それだけで体育館は静まった。
体育祭のときは陽菜乃先輩の独唱からスタートしていた曲だが、今回は陽菜乃先輩とすみれ先輩、そして虎子の3人の綺麗なハモリから入る。
『弱い僕に差し伸べてくれた君の手を離すことはない』
一人でも圧倒的だった陽菜乃先輩の歌唱力に、すみれ先輩と虎子の歌声が綺麗に重なり、思わず聞き惚れてしまう。今まで遊びの延長のような感じでハモリを練習していたが、今日のそれは今までで最高の出来だ。みんな本番に強いタイプなんだなぁ。
女子たちがこんなにも魅せてくれたのだ。俺たちも黙ってはいられませんよね?天馬先輩!
ハモリが終わり、陽菜乃先輩以外の4人が音楽を奏でる。女子3人が今までハモリで遊んでいたとき、俺と天馬先輩はひたすら2人でキーボードとベースの掛け合いをしていたのだ。
サビは陽菜乃先輩たちのハモリ、その間、本来なら4人で演奏するところを、女子は歌に専念して、俺と天馬先輩の2人だけで演奏する。
と、言っても大人しく陰に徹するつもりは俺も天馬先輩も毛頭ない。
天馬先輩が3歩前に上がり、体全体でベースを激しく弾き鳴らす。俺はさすがにキーボードを動かしながら弾くことはできないので、本来の楽譜を即興でアレンジして鍵盤を弾く。
3人の美しい歌声と、俺たちの力強く跳ねるような演奏に合わせて、観客も一緒になって跳ねる。その振動がステージ上の俺たちにも伝わってきて、さらにテンションやらボルテージやらが上がりまくる。これぞ陽の循環。
曲の2番に入って、虎子やすみれ先輩もアレンジを加えてきてもはや原曲通りなのは歌詞だけになってしまっていたが、これもヒストグラマーっぽくて良いと思った。ラストライブは俺たちが俺たちらしく音を奏でるライブ。悲しむ間も与えないほどに、”楽しい”が押し寄せてくる。
好きなことを好きなように、簡単そうでとても難しいこれを、今この瞬間に味わえていることを幸せに思う―――――
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最高、という言葉だけでは足りないほどに充実した時間を過ごした後。
観客の生徒たちが帰路につき、ヒストグラマーのメンバーとザキさんと、機材を用意してくれた颯馬だけになった体育館。
テキパキと後片付けをそれぞれ済ませていく間、誰も何も言わなかった。ライブの余韻に浸っているのか、それともヒストグラマー最後のライブに思うところがあるのか。
颯馬が乗ってきたトラックに機材を詰め込み、全員で礼を言って別れる。なんだかんだ言って、結局颯馬は女子を一人もナンパしていなかった。ナンパする余裕もないくらいに俺たちのライブを楽しんでくれていた。別れ際に、「俺の人生で5本の指に入るくらい、最高のライブだったぜ」と褒めてるのか微妙な感想をもらった。
「さっきまで盛り上がってたのが嘘みてぇだな」
日も落ちて、薄暗い体育館の真ん中に立って、天馬先輩がそう言った。あまり大きい声ではなかったが、6人だけの体育館にはよく響いた。
「俺は、音楽の専門学校に行く。明日の朝にはもう引っ越す」
天馬先輩の進路は関西地方の音楽専門学校だ。それにしても明日の朝とは急な話だ。いま、俺の隣にいる人が、明日にはもういない。……今になって卒業というものを実感した。
しんみりとした空気を変えるように、すみれ先輩が少しわざとらしいくらいの元気な声を出す。
「私も!関西の会計士の専門学校に行きます!2週間後には引っ越す、です!」
「日本語おかしくなってるぞー」
「だって~……っ!」
天馬先輩のツッコミにいつも通り応えようとして、堪えきれなくなったように、すみれ先輩の瞳から涙が流れた。
「ラストライブっ、ううっ、最高すぎたじゃん~。楽しさで、うぐっ、隠れてた寂しさが、悲しみが、今になって押し寄せてきたの~!!」
涙を拭うすみれ先輩の頭をぽんぽんと陽菜乃先輩が慰めるように撫でた。
「私と信はここから割と近い大学に進学するけど、それでも寂しいもんは寂しいね」
たかだか1,2歳差。言葉にするとちっぽけな差でも、学生のそれは大きな差で。
ずっと黙っていた虎子が、両手で目元を抑えながら湿った声で言った。
「来年は、智夏パイセンが卒業しちゃうんでしょ~?虎子はずっと置いてけぼり~……そんなのやだよ…置いて行かないで」
手の隙間から涙が零れ落ちた。それは紛れもない虎子の、末っ子の本音だった。
~執筆中BGM紹介~
あいのりより「明日への扉」歌手:I WiSH様 作詞・作曲:ai様




