有終の美
ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!
「ありがとう」
涙を流しながら陽菜乃先輩が言ってくれた。俺と虎子が先輩たちの言葉に応えようとしたとき、天馬先輩が待ったをかけた。
「こっから先、言葉は不要ってやつだ」
「「へ?」」
まさか拒否されるとは思ってなかったので、虎子と2人でぽかーんとしていると、天馬先輩とすみれ先輩がステージの前から、体育館倉庫の扉の前に移動してその扉を思いっきり開けた。
「絶対聞くだけじゃ済まないと思ってな。卒業式が始まる前にここに置いてもらったんだよ」
「持って来て良かったよね、ほんと」
体育館倉庫の中には見覚えのあるギターケースが2つ並んでいた。ステージ上にしか照明を当てていなかったので、暗かった体育館に光が差し込み、天馬先輩たちの後ろからまるで後光が差しているみたいになった。
「先輩たちまさか…」
わざわざ俺たちが体育館に入る前にギターを持ち込んで隠していたということは。
「「俺(私)たちも演奏するに決まってる!!」」
「そこには当然、絶対的ボーカルの陽菜乃ちゃんが入るに決まってるよね」
ギターケースを肩にかけてステージの上に登ってきた天馬先輩とすみれ先輩。そしてステージ正面から、ひょいとステージ上に飛び乗ってきた陽菜乃先輩。
「相変わらずと言うか、それでこそと言うか…」
思わず頭を抱えてしまった。だって、先輩たちを送るためのライブだぞ?それなのに先輩たち自身もライブに参加するってもはやカオスだよ。
「ま~た智夏君が頭抱えてるよ」
「あんま考えすぎんなよ」
「後輩君、どんまい」
一体どの口で言っているのか…。
先輩たちは口と同時に手もテキパキと動かし、あっという間に準備が整ってしまった。
「みんなお待たせー!」
「「「いぇぇええええいっっ!!!」」」
陽菜乃先輩が自信満々にマイクと観客の心を掴む。ちなみにあのマイクはさっき俺が電源を入れ忘れたマイクだ。
「私の後輩君たちがすっばらしい演奏を披露してくれたよね!それにテンション上がっちゃってこうして私らもステージにまた昇っちゃった!」
「よっ!」
「待ってたよ!」
「楽しみ!」
俺たち2人のさっきの演奏よりも観客の期待値が今の方が高いことに、微妙な気持ちになる。が、先輩たちとライブができる最後のチャンスだと思って、全力で楽しむことにした。
「これが多分、私たちヒストグラマーのラストライブになる」
陽菜乃先輩の言葉に体育館が静まり返る。ここに居る人たちは多分、先輩たちが卒業してもバンドを組んでいると思っていたのだろう。驚きと、惜しみの眼差しが俺たちを見た。
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学校祭が終わった後、バンドメンバー全員で話し合った。ヒストグラマーとして今後も活動していくのか、それとも3年生の卒業で解散か。
「みんなはどうしたい?」
陽菜乃先輩が俺たちに聞いてきて、天馬先輩が逆に問い返した。
「俺たちは一条が集めたメンバーだ。まずは一条が自分の意見を言うのが妥当じゃないか?」
こういう場合、大抵最初に言った人の意見を聞いて、自分が持っていた意見を変える人が出てくるものだが、この場にいる人間に限ってそれはあり得ない話だった。他のメンバーの話に納得したなら意見は変わるだろうが…。
「私ってさ、超我が儘な女の子なわけよ」
「「「知ってる」」」
「そんな全員で同じこと言わなくても。泣くよ?」
陽菜乃先輩が我が儘なんてそんなの周知の事実ですから。
「学校祭で大成功を収めた。この有終の美のまま、ヒストグラマーを終わらせたいとも思ってる。実際、私と天馬とすみれ、あと信もだけど、みんな進路がばらばらになるから、集まるのが難しいと思う。……でも!このままずっと、私らがおじいちゃんやおばあちゃんになるまで、ヒストグラマーとして生きていきたいとも思っちゃうの」
「あ~それ、むっちゃわかるっ!」
陽菜乃先輩の相反する気持ちに一番に乗ってきたのは、ギター担当のすみれ先輩だ。
「私はね、このままずっと、ヒストグラマーでいたい。陽菜乃ちゃんが言ったみたいに、それこそしわくちゃのおばあちゃんになっても。それくらい、最高のメンバーだから」
最高のメンバー。俺と陽菜乃先輩と天馬先輩とすみれ先輩と虎子、そして演奏はしていないけど、俺たちに欠かせないメンバーのザキさん。たしかに、この先もう二度と出会えそうにない、最高のメンバーだと思う。
こう思っているのが俺だけじゃないってこともわかる。でも、気持ちだけじゃ生きていけない。
「俺は、このまま解散した方が、いいのではないかと思わなくもないが」
「天馬パイセンどっちつかず~」
白黒はっきりしている天馬先輩が珍しく、意見を決めあぐねている。
「虎子はね~続けたい。ヒストグラマーでどこまで行けるのか、見てみたい」
「どこまで…って?」
「このメンバーでデビューしたいってこと~」
「デビュー!?」
虎子のとんでもない発言に俺はかなり驚いたのだが、驚いたのは俺だけだった。その選択肢もあるよねー、と陽菜乃先輩がチョコ菓子に手を伸ばしながら言った。
「そこらのアマチュアバンドよりは私らの方が上手いって思うよ」
そうなんですか!?有名バンドならまだしも、アマチュアバンドはほぼ知らないため、どのレベルでうまい、などの相場がわからない。
「後輩君は?」
「俺は、半年に一度でも、一年に一度でもいいからこのメンバーで演奏できたらなーって思います。えーっと、贅沢な趣味みたいな感じで」
「おー。いいな、それ」
俺のふわふわした意見にまず賛成してくれたのは天馬先輩だった。
「集まりたいときに集まって好きな曲を演奏する…。うん、私らにぴったりだね!」
陽菜乃先輩もスナック菓子を頬張りながら賛成してくれた。
「それなら無理なくできそう!」
陽菜乃先輩が食べようとしていたスナック菓子を横からかっさらいながらすみれ先輩が賛成し、デビュー賛成派だった虎子は…。
「ちぇー。デビューは無しか~。……でも、みんなとまた演奏できるならいいや~」
チョコとクッキーが一体化したようなお菓子を頬張りながら虎子も賛成。そして残るは…
「信は?」
「山崎は?」
「山崎君は?」
「ザキパイセンは?」
「ザキさんは?」
全員がザキさんに意見を聞く。
「ははっ。もちろん、どこにでもついて行きますよ」
こうしてヒストグラマーは、集まりたいときに集まる、贅沢な趣味のような位置で落ち着いたのだった。
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「ステージに立つのは多分、コレが最後!だからみんな!さいっっっこーーーーーに盛り上がっていこーーぜーーーー!!!」
「「「いぇぇぇええええええええええい!!!」」」
こうして俺たち5人の最後のライブが幕を開けた。
~執筆中BGM紹介~
劇場版 夏目友人帳~うつせみに結ぶ~より「remember」歌手・作詞・作曲:Uru様




