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先輩たちの背中



数時間だけ借りた小さな体育館にいっぱいになった観客をステージの上から見渡す。もちろん陽菜乃先輩たちヒストグラマーのメンバーが見てくれている。


最後にチューニングをして、息を吸って吐く。ステージ上で斜めに向かい合うようにして位置するドラム。そしてドラムセットとマイクの前で少し緊張気味の虎子に視線を送る。


虎子が俺の視線に頷いて、口の高さに合わせてセットしたマイクに向かってぎこちなく話す。


「今日は先輩たちにお礼がしたくて、ライブを開きました~。いぇ~い」

「「「いぇ~い」」」


ジャカジャカジャカジャーンと自分でドラムを叩いて場を盛り上げている。すげー。さすがYeah!Tubeで演奏動画を出しているだけある。


「ヒストグラマー、ドラムの為澤虎子で~す」

「「「いぇーい!」」」


自己紹介のくだりなんて予定にありましたっけ?予定外のことを即興でねじ込むの好きだよな、この後輩は。


しかも虎子は初めから俺に話をさせようと企んでいたのか近くにマイクがセットしてあった。思わず虎子をじとっと見ると、「礼はいらねーよ」と言いたげな顔でサムズアップされた。違う、そうじゃない。


でもまぁ、この流れにあえて逆らってやろうとも思わないのでしぶしぶマイクを取る。


「え~」

「パイセン、マイクの電源オフってる~」

「「「はははっ」」」


あらほんとだわ。お恥ずかしい。マイクで話す経験なんて滅多にないからついうっかり。


気を取り直してテイク2


「ヒストグラマー、キーボードの御子柴智夏です」

「もっとテンション上げろー!」

「眠いのか~?」

「もっと腹から声出せー」


ヤジがうるさいな…。順番に田中、鈴木、井村である。あいつら覚えとけよ。


「今から演奏する曲は、私らのバンドの名前と同じ、『ヒストグラマー』って名前の曲だよ~。虎子が作詞して~、作曲はなんと~智夏パイセンがしてくれました~」

「「「おおお~!!」」」


観客たちは歓声を上げてくれたが、最前列にいる天馬先輩がボソッと「虎子が作詞って、大丈夫かよ」って言っていた。大丈夫か大丈夫じゃないかで言ったらそりゃあ、ね?


「じゃ、いっくよ~!!」





この日の為に作った『ヒストグラマー』は、最初は虎子のドラムだけの独奏だ。そして俺のキーボードが途中から入り、虎子の歌声が彩りを加える。




『別れが来るのが早すぎて もっと早く出会えていれば良かったって そんなことを考える雪の日

大きな太陽に導かれて集まった 最初の演奏は笑っちゃうくらいバラバラで 名前もなかった私達

ノリで決まった『ヒストグラマー』だったね だけどいまは私達のタカラモノ

思い出はいつも私の真ん中でキラキラと輝いて 暗い夜も照らしてくれるの

放課後にみんなで食べたアイス 黒板に描いたいっぱいの落書き あの夏のタカラモノ』


一番が終わり、間奏に入った。序奏で虎子が1人で演奏していたあれを今度は2人で弾いていく。


観客の盛り上がりは良い感じ。そして、この曲を一番に届けたい人たちは、笑っていた。懐かしそうに、そんなこともあったねと思い起こしながら、もう戻れないことに寂しさを覚えながら。




どんなに楽しい時間にも、終わりはいつか必ずやってくる。




『合宿で行った海が楽しくて もっと6人でいたいって思ってたって 本当は言いたかった夏の日

大きな皿にいっぱいのお肉 バーベキューはびっくりするくらいおいしくて 名前を呼び合った私達

本番はいろいろあったね 予定に無い曲もいきなり演奏してドキドキした

思い出はいつもみんなの中でキラキラと輝いて またいつか導かれる

もう少しだけ一緒に これは未来にとっておこう 笑ってまた会うためのヤクソクを』


2番の歌詞を歌いきり、満足気な顔をする虎子。観客の盛り上がりは最高潮。熱気がダイレクトに伝わってくる。


徐々に曲の終わりが近づいてくる。ずっと、ずっと弾いていたいと思った。終わりたくない。別れたくない。


でもこれは俺と虎子のわがままだから。兄姉に置いて行かれて駄々をこねるようなことはできない。


見送ろう、笑顔で。先輩たちの背中を強く押せるように。



最後の一音までしっかり、魂を込めて弾ききった。


体育館にはしばらく無音が響いた。


一番最初に聞こえてきたのはたった一人の拍手の音。俺たちヒストグラマーを集めて作った陽菜乃先輩の拍手。


そして天馬先輩、すみれ先輩、ザキさんが拍手を送ってくれた。


それに遅れるようにして周りの観客たちが拍手と声援を。


拍手冷めやらぬ中、虎子と目を合わせて、頷き合う。


「陽菜乃パイセン、天馬パイセン」

「すみれ先輩、ザキさん」

「「短い間でしたが、お世話になりました!!」」


最初に反応したのは天馬先輩だった。


「あ~くそっ」


悪態をつきながら頭をぐしゃぐしゃとかき乱すと、ステージの俺たちを見上げて言った。


「なんつー歌詞だよ!幼稚園児の日記かよ!最高だったよ!いま俺がステージの上にいないのがすっげぇ悔しくなるくらいにな!」


悔しそうに言いながら、天馬先輩が笑った。


「虎子ちゃんらしい歌詞だったよ!智夏君らしい温かい曲だったよ!2人の想い、ちゃんと伝わったよ!」


ちゃんと伝わったと、届いたと言ってくれたすみれ先輩はやっぱり泣いていた。その涙は紛れもなく、俺たちとの別れを惜しむ涙で、つられて泣きそうになってしまった。虎子はつられて泣いていたが。


「お2人とも、素晴らしい演奏でした!」


ド直球の賛辞を送ってくれるザキさんに虎子と共に手を振る。


そして最後に、陽菜乃先輩が涙で潤ませた瞳を俺たちに向けて言った。


「私の我が儘に巻き込んだ後輩君たちを残して、卒業することは無責任だと心のどっかでずっと思ってた。でも、私が思うよりも、私の仲間は強かったんだね。これで本当にもう、心残りが無くなっちゃった」


寂しそうに笑った陽菜乃先輩の瞳から涙が落ちた。それは本当に見惚れてしまうほどに綺麗な涙だった。


「ありがとう」



~執筆中BGM紹介~

銀魂より「サヨナラの空」歌手・作詞・作曲:Qwai様

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