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呼ばないで



卒業式の後片付けも終わり、最後の思い出として卒業生が写真を撮りまくっている横をそーっと抜けて在校生たちは学校を後にした。


そして俺はバンド『ヒストグラマー』のドラムを担当している虎子と合流し、今日の午後から借りた小さな体育館に向かう、前にもう一人の協力者の元に向かった。


「お久しぶりです。颯馬(そうま)さん」

「うぉっ!?……え、誰だお前」


相変わらずの金髪にチャラそうな服を着ているのは、修学旅行先で香織にナンパした野郎。その後にも『みんな大好き!くだものちゃん!』でスイカ役の声を務めた中村和馬(かずま)の兄でもある。まぁ、本当に紆余曲折を経てこうして交流が続いている。


「誰だって…。その目は何のためについてるんですか。お飾りですか」

「なっ…!その毒舌、まさかイケメン野郎かっ!」

「そんな頭悪そうな名前じゃありませんけど。このナンパ野郎が」


この人とは初対面の印象が最悪…いや、その後に会ったときも俺のことを女だと勘違いしていたし…つまり会うたびにいがみあっていて。いわゆる犬猿の仲ってやつだ。


「パイセ~ン?喧嘩しに来たんじゃないでしょ?」

「ハッ!しまったつい癖で」


もう一人の協力者というのが、この人だったのをつい忘れていた。このナンパ野郎とは違ってしっかり者の弟の和馬からこいつの話を聞いていたのだ。そしてその流れで颯馬が大学のサークルでバンドを組んでいることを知ったのだ。


「あの、機材の方は…」

「おう。ちゃんと一式大学から借りてきてやったぜ。寛大な心を持つ俺に感謝するがいいわっ!ハーハハッ!」


……大学から、俺たち外部の人間に機材を貸すのは簡単なことじゃなかったのはわかる。いろいろ頑張ってくれたんだろうと思う。でも、ありがとうって言いづらいなーなんでだろ。


「ありがとうございますっ!」


葛藤している俺の横で虎子が礼を言った。


「やっぱ女子はいいなぁ。素直で可愛くて。俺とちょっと遊ばな、もごっ!」

「俺の後輩を息するようにナンパすんな。機材ありがと」


ナンパ野郎の口を塞ぎながら礼を言う。ほんとに見境なしだなこの人。


「いやどんなツンデレ!?くち塞ぎながら礼を言う人間がどこにいんだよ!?」

「「ここ」」

「お前ら仲いいなっ!」


あ、被った~。






先輩たちに言った指定時間の一時間前に借りた体育館に入り、颯馬が用意してくれた機材を車から降ろしてセッティングしていく。


ここで一番の活躍を見せたのが虎子だった。コードの配線から照明まで全部、虎子がセッティングしてくれて、俺と颯馬はただの機材搬出要員だった。俺よりも虎子の方が軽々と機材を持っていたような気がするのはきっと気のせいだ。そうに違いない。


「おいイケメン野郎」


この人さては俺の名前を忘れたな?


「なんでせっかくの綺麗な顔を隠してんだよ。晒したらモテモテだろ」

「昔は、目立ちたくなかったから隠してた…んですけど。今は、もうこれが一番落ち着く……からです」

「無理に敬語使うなよ。気持ち悪ぃ」

「自分で言ってて気持ち悪かった」


普段は自然と敬語を使えるのに、この人を相手にすると途端に敬語?ナニソレ美味しいの?状態に。不思議なこともあるもんだ~。


「でも、感謝はしてる。ありがとう」

「おう」


このナンパ野郎、本当に少しだけど亡くなった春彦に雰囲気が似ていて調子が狂う。


「パイセ~ン!一回リハしたいんだけどいい~?」

「今行く!」

「あ、そうだ。今のうちに動画撮るわ。気にせずやってくれ」

「「はーい」」


大学から機材一式を借りる代わりに、俺たちの演奏を動画で撮るという条件がついたのだ。拡散する気もないようなので、どうぞ、と二つ返事で虎子と承諾したのだ。


虎子がドラムセットの位置を微調整し、俺はキーボードの高さを自分の身長に合わせる。


「じゃ、リハーサルいっきま~す!」


出撃かな?







「もう少しマイクの音上げた方がいいな」

「そだね~」


リハーサルが終わり、最後の調整をしていると、体育館の中央に立って動画をスマホで撮っていたナンパ野郎(颯馬)が駆け寄ってきた。


「イケメン野郎がよ、すごいのはわかってた。音楽(これ)で仕事だってしてるしな。でも、虎子ちゃんもすごいな!ドラム超うまいじゃん!いや~高校生怖っ!ハイレベルすぎだろ!」

「虎子ちゃんって呼ばないでください~」

「あ、はい」

為澤(ためざわ)で~」


思ってることきちんと言える子だよね、虎子は。高校一年生の女子に注意される大学生の図を見ていたら、そろそろ時間が来たようだ。


「おーい、虎子!智夏!来たぞ~」

「あ!天馬パイセーーン!!」


飼い主を見つけた犬のように一目散に虎子が卒業したばかりの天馬先輩に駆けていった。


「やっほう来たよ!」

「すみれ先輩」


俺も入り口の方に向かっていると、天馬先輩の後ろからすみれ先輩が顔を出した。


「卒業式でずっとピアノ弾いてたけど、疲れてない?大丈夫?」

「あれくらいならいつも家で弾いてるんで大丈夫です」

「すごいね~」


俺と虎子が先輩たちと話していると、陽菜乃先輩と山崎先輩(ザキさん)もやってきた。


「お二人から犬耳と尻尾が見えますね」

「私たちの後輩たちは可愛いわね」

「ザキさん!」

「陽菜乃パイセン!」


ヒストグラマーのメンバーが揃い、今からライブが始まる、わけではなく。


「しばちゃん来たぞー」

「御子柴~呼んでくれてありがとな!」


田中、鈴木、井村、玉谷、もとやんがぞろぞろと体育館に入って来た。最初は少人数でやろうと思っていたのだが、大勢いた方が楽しいだろうという結論に至ったのだ。だからそれぞれが招待したい人を呼んだのだ。


「ご招待に預かりました」

「来たよ~」

「楽しみね」


田中たちと話していると、聞きなれた女子たちの声が聞こえてきた。


「カンナに香織に、エレナ!?」

「この3人は私が呼んだの。ふふっ」


どうやら女子三人衆は陽菜乃先輩が呼んだらしい。バレンタイン以来俺が一方的に香織との接し方に戸惑っているので、少し気まずい。


「お~三大美女がそろったぞ」

「それにエレナさんもだ」

「「「ありがたや~」」」


拝むな拝むな。


それからヒストグラマーの面々がそれぞれ招待した人たちがこの小さな体育館の中に集まった。これはまるでライブハウスだな。


「俺の場違い感がハンパねぇんだけど」

「いつも場違い感がすごい人がなに言ってんだか」

「こいつほんと生意気だな。……この人数の前で演奏って緊張しねぇのか?」


自分が演奏するわけでもないのに集まった生徒たちを見て顔を青ざめさせるナンパ野郎。


「緊張より、楽しさが勝ってるから。ずっと、ピアノを触れない時期があったから、今はピアノを弾く時間が本当に楽しいと思うんだ」


緊張している暇などないほどに、楽しくて嬉しくて。


「楽しい、か。初心忘るべからず、だな」

「そんな難しい言葉知ってたなんて…」

「ほんっとーに生意気な奴!」


楽しい楽しいライブの時間が、もうすぐやってくる。



~執筆中BGM紹介~

「シグナル」歌手:WANIMA様 作詞・作曲:KENTA様

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