「はい」
本日2話投稿の2話目です。
50話が登場人物紹介なので201話目が実質の200話目だったり。
卒業生たちが教室に戻り、最後のHRをしている間に俺たち在校生は卒業式の後片付けに入る。
「パイセ~ン。ピアノ聞いてて楽しかったよ~」
「そっか。先輩たちもそう思ってくれてたらいいな」
虎子が持っていた来賓用のパイプ椅子2脚を預かり、一緒に歩きながら話す。
「パイセンあんがと」
「どーいたしまして」
「今日の午後から、忘れてないよね~?」
「忘れるわけないだろ」
卒業式は午前中で終わり、午後から時間が空く。明日から卒業生たちは学校にはもう来ない。だから、今日の午後、別れのライブをする。
ライブ会場は近くの小さな体育館を借りたのだが、機材は自分たちで用意しなければならないので、これが結構大変だった。この準備のおかげでせっかくもらった彼女の家の鍵を使う暇がなかったくらいだ。まぁ、暇があっても使ってたかどうかは別問題だが。
パイプ椅子を倉庫に戻したとき、外から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「卒業生のHRが終わったみたいだね」
「陽菜乃先輩たち抜け出せるか?」
「みんな人気者だからね~。そういえば卒業証書渡してるとき、山崎パイセンと何してたの~?」
「眼鏡クイってしてた」
「ふぇ?」
「眼鏡クイッてしてた」
眼鏡同士、それだけで通じるものがあるのさ…。
「御子柴君。ちょっと、いい?」
虎子と午後のライブについて話し合っていると、後ろから女生徒に声をかけられた。
「あ、吉野先輩」
「覚えててくれたんだ…」
卒業証書の入った筒を持った先輩は、以前受験前に俺に告白をしてきた先輩の一人だ。虎子と別れて、言われるがまま吉野先輩について行く。そして人気のない校舎の裏にやってきた。
「単刀直入に言うね。あたし、御子柴君が好き!」
前、告白してきたときのような、興味本位ではなく、俺を見るその目には確かに熱が宿っていた。
「あたしのことを考えて振ってくれたのは、御子柴君だけだった!あの後、振られてからずっと御子柴君のことで頭がいっぱいで…」
恋多き先輩なんだなー…。しかも受験前に俺のことで頭いっぱいって。え、受験大丈夫だったんですか…?
いろいろツッコミたい部分もあったが、ここはぐっと堪える。いま、こうしてここにいるってことはきっと受験は大丈夫だったんだ。多分。そう信じよう。
「どう、かな?」
「付き合えません」
「…ぷふっ。シンプルに断られたー。そっか、付き合えないか。ありがとね、御子柴君。高校最後にいい思い出ができた。時間とらせてゴメンねー。じゃ、さよなら!」
俺が何かを言う暇もなく、吉野先輩は走り去っていった。
「ふー…」
………………疲れた。一人息を吐いていると、後ろの茂みからガサガサっと音が聞こえてきた。
「後輩君後輩君」
「陽菜乃先輩。人気者がどうしてこんな茂みに?」
「後輩君の後ろ姿が見えたから。追いかけてきちゃったのさ」
「そーですか」
茂みから現れた陽菜乃先輩の頭についた葉っぱを取る。
「後輩君はさ、もう心に決めた人がいるのかな?」
3月の春を感じさせる風に消え入るような、かすかな声が聞こえてきた。
「はい」
俺の返事を聞いて、陽菜乃先輩は顔にかかった髪を耳にかける。
「そっか。それなら応援するしかないね!」
「それは……どうも?」
タタッと陽菜乃先輩が俺の前を走って、振り返る。
「末永く爆発しろ~!」
そう叫んだ陽菜乃先輩の姿は、なんだかとても印象的だった。
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「末永く爆発しろ~!」
後輩君にこう叫んで、走ってこの場から逃げる。このままここにいたら、今の関係が壊れてしまいそうだったから。
「お嬢様」
「信」
物心つく前からずっと一緒にいてくれる、私の従者。親よりも見たその顔が目に入った途端に、気が緩んでしまった。
「好きになる前で、良かった」
「はい」
「本気になってたら、ヤバかったな~これ」
「はい」
とんだイエスマンもいたもんだ。「はい」しか言わないなんて。
「こんないい女を逃すなんてね」
「はい」
何を言っても「はい」しか返ってこないことをいいことに、言いたい放題だった。
「あんなにイイ男とはもう出会えないかも」
どうせ今回もまた「はい」でしょ。
「案外、近くにいるかもしれませんよ」
「……な、、え?」
「近すぎて、見えていないだけかもしれません」
「信…?」
見慣れたはずの信の顔が、一瞬知らない男の人に見えた。
「さて、そろそろ戻りましょうか」
「え、えぇ?」
スタスタと行ってしまった信の背中を見て、いつの間にこんなに身長差ができてしまったんだろうと、不覚にもドキドキしてしまった。
~執筆中BGM紹介~
ヴァイオレット・エヴァーガーデンより「みちしるべ」歌手・作詞:茅原実里様 作曲:菊田大介(Elements Garden)様




