エデン
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香織と遭遇するというハプニングにも見舞われたが、何とか無事幕を閉じた『ツキクラ』イベント。そしてやってきました期末考査。
外に出るとうっすら汗ばむくらいに暑いため、俺たちは学内の涼しい空間で勉強会を開いていた。
「思ったより図書室混んでるね~」
「なんだか視線が鬱陶しいわね」
俺の前に座る三大美女の2人が小声で話している。
「俺は視線のレーザービームで体中に穴が開きそうだ」
「田中、目からレーザーは出ないから大丈夫だよ」
「しばちゃんは鈍感なのか!?物の例えだよそれは!」
「冗談だよ、確かに居心地悪いよね」
「え、うそ冗談だったの…」
以前の食堂のように嫉妬やら羨望やらの眼差しが図書室でもぐさぐさ刺さってくる。落ち着いて勉強できるかと思ってここに来たが、失敗だったらしい。
「黙らせましょうか?」
この発言はカンナである。ちなみに図書室なので食堂のときみたいにうるさかったわけではない。黙らせる、とはつまり視線がうるさいためそれを黙らせるということである。しかし、カンナがそのセリフを言うとなぜか副音声で粛清しましょうか?と言っているように聞こえる。どこぞの軍隊並みの勢力を持つと噂のカンナ親衛隊が出陣すると、図書室に血の雨を降らせることになるので、全力で断っておく。
「「「いやいやいや、大丈夫!!!」」」
俺と田中と香織の心が一つになった瞬間だった。
「じゃあどうするの?このままだと集中できないわよ?」
考えろ、俺。代替案を出さなければ。俺の背後に座っていた女子生徒が小声だが、ぎりぎり聞き取れるくらいの声量で呟いた。
「カンナ様に無礼な視線を向ける目玉がひとーつ、ふたーつ、みーっつ。ふふふっ!抉り取ってあげようかなぁ」
狂気…!この人が噂に聞く親衛隊隊長か!?隣にいた田中にも聞こえていたらしく、小刻みに震えていた。
――田中!何かいい案を出して!ここが地獄になる前に!
――無理無理!しばちゃんが何かいい案出せって!!
アイコンタクトで田中に助けを求めたが、何の役にも立たなかった。
「それじゃあ、うちに来る?」
凍えそうな空気の中、香織の一言が恐怖から俺たちを解放してくれた。
「え、いいのか?」
「うん!私の家、ここから近いし、両親は帰ってくるのが遅いから」
え!?いいんですか!?そんな情報を俺たちに伝えて…!?
「カンナ様とご友人の香織様に手を出したら、殺す…!!!」
「「ひぃっ」」
う、後ろから殺気が。恐怖を悟られないようになるべく自然に返事をする。
「ありがとう、香織さん。今から行っても大丈夫?」
「うん!全然大丈夫だよ!」
「二人とも何をしているの?早く行くわよ」
「「は、はいっ」」
良かった。ようやくこの恐怖から解放される。残像が見えるくらいの速さで机の上に出してあった勉強道具をカバンに詰め込み、急いで席を立つ。
「帰り道、背後に気を付けな」
もしかして、今日が俺と田中の命日だろうか。
「しばちゃん、今までありがとうな」
「こちらこそ、ありがとう」
あ、いっけね。目から汗が。
学校から出て徒歩3分ほどで香織の家に着いた。どうやらマンション住まいらしい。
「本当に近いわね」
「チャイムの音とか聞こえるよ」
女子同士で和やかに会話している一方で、男子サイドは固まっていた。
「なぁしばちゃん。俺、人生で初めて女子の家に入るんだが」
「奇遇だね。俺もだよ」
「やっぱいい匂いがすんのかな?」
「犯罪者の友人はいらないよ」
なんだ、匂いって。そんなもんいい匂いがするに決まっているだろう。とは思ったが口には出さない。俺はまだ死にたくないからな。
玄関に入るとふわっとお花の香りがしました。世の男子高校生諸君、女子の家は、いい匂いがするぞ…。
「エデンだ…」
「田中君は外でいいかな?」
「冗談です、ごめんなさい」
バカめ。言葉に出すからいけないのだ。憐れみを込めた目で田中を見る。
「俺をそんな目でみるんじゃねぇ!」
「うるさいわ、この駄犬」
駄犬…、とわりと満更でもなさそうな顔で言っているので、新しい扉を開いてしまったのだろう。南無。
玄関から2番目のドアを香織が開ける。
「ここが私の部屋だよー。お茶持ってくるからみんな適当に座ってて」
ぱたぱたと奥のリビングに駆けていってしまった。
初めての女子の部屋は、とても良い香りがしました。香織の部屋だけに、なんつって。
「智夏」
「はい、すみません」
いつの間にか背後に立っていたカンナに首をキュッと握られたまま、名前を呼ばれた。田中が憐れな奴め、みたいな目で見てきて非常に腹立たしい。
「お待たせ~ってみんな立ったままじゃん。座って座って~」
長方形の机に図書室で座っていたのと同じ席順で座る。全員が座ったところで、香織が声を上げる。
「それじゃあ、カンナちゃんが赤点を回避するための勉強会、始めましょう!」
「「おー」」
この勉強会は、香織の言った通り、カンナのための勉強会である。俺と田中と香織のいるクラスは特別進学科。カンナは普通科である。お察しの通りカンナは勉強が大の苦手。夏休み中は声優の仕事があるのでどうしても赤点を取りたくないという本人の熱烈な希望により、この勉強会が開催されることとなった。
「まず最初にこれを見て頂戴」
そういってカンナが机の中央に置いたのは中間考査の結果。
「実技系以外全部赤点じゃねぇか」
「まぁね」
「褒めてねぇからな」
なぜドヤ顔。体育や音楽といった座学ではないものは高得点を叩き出しているが、筆記試験はどれも赤点ギリギリか赤点である。これ、一週間でどうにかできるものなのか?
「何から始めればいいのか…」
「暗記系は直前の方がいいよね」
「理数系からか?」
「英語はこれから毎日勉強した方がいいかも」
今後の方針を三人で固めている間、その会話を聞いたカンナは顔を真っ青にしていた。どれだけ嫌いなんだ、勉強。
「じゃあ今日は数学を勉強します。あと最後に英語も。教科書出して」
「……はい」
「誰が教えようか?この中で数学の成績が一番いい人でいいかな?」
「96」
「88」
「71」
上から順に田中、俺、香織の点数である。カンナがボソッと「意味が分からない」と言っていたがほおっておく。
「それじゃあ田中君だね」
「三大美女の教師になるとは光栄ですよっと」
「いい心構えだわ。よろしくお願いします」
田中とカンナのマンツーマン数学授業が始まったところで、こちらも教科書を開く。
「智夏君。私も数学不安だから、教えてもらってもいいかな?」
「俺でよければいくらでも」
一つの机で二つのペアが勉強している。香織が問題集を解いている間、隣の様子を見てみると、
「まずこれとこれとここの公式を覚えてください」
「なぜa,b,cなの?私は英語が苦手なのよ」
「これは数学の問題だ!」
…大丈夫だろうか。心配すぎる。この悲惨な状況を社長が知ったら、カンナは仕事させてもらえないだろうな。というかよく高校受験パスできたな。と隣のペアを眺めながらボーっとしていると、香織に呼ばれたので前を向こうとしたところ、頬に軽い違和感が。
「ひっかかった~ふふっ」
違和感は香織の細い人差し指だった。おかげで現在俺の右頬には香織の人差し指が食い込んでいる。
「……香織?」
「だって、よそ見してるんだもん」
「ごめん」
ぷすっと頬を膨らませて抗議をしてくる。何その顔可愛い。
いつの間にか俺の正面から横に移動していた香織は「許す!」と言って笑っている。
「よそ見しちゃだめだから、ね?」
「わ、わかった」
いつもよりも少しだけ近い距離にドキドキしながら、香織を意識しないように問題集に急いで目を通すのだった。
「なぜ答えが2つもあるのかしら。どちらかがフェイクということ?これは謎解きね」
「これは数学の問題だ!」
…。
期末考査まで残り一週間。




