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なが~いお話

卒業式の校長先生とかのお話は記憶にありませんね。話の途中で「え~」って言った回数を数えてました。ちなみに最多は45回くらいでしたね。え~それでは、え~、本編を、え~どうぞ!



3月では珍しいくらいにぽかぽかと微睡(まどろみ)のような日差しが体育館に降り注ぐ。


「桜宮高校の卒業式を執り行います」


今日は絶好の卒業式日和だ。


「卒業生、入場」


在校生の間の花道を通って、卒業生たちが厳かな面持ちで入場する。在校生たちは卒業生たちの姿を見ながら拍手で迎える。


去年はこの風景を在校生の席で見ていたが、今年はなんと舞台袖だ。卒業生どころか体育館のほんの一部しか見えないのが少し残念だ。


俺がこんな場所にいる理由の原因になった人物はいま、教員側の席に座っている。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






これはちょうど2週間前のこと。


音楽の授業が終わり、楽譜を早乙女先生に返そうとしたときだった。


「先生実は、御子柴君を推薦してしまいました」

「え、何にでしょうか?」


渡した楽譜を受け取り、棚に戻しながら先生が不敵に笑った。


「卒業式の伴奏者に、です!」

「あら~」





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





そして現在の舞台袖に至る。


早乙女先生の推薦は即通ったらしく、その日の帰りには「よろしくな」と吉村先生にニヤリと言われたのだ。


そこまではまだいい。おかしいのはここからだ。「せっかくピアノのプロがいるんだ!もっと弾いてもらおう!」って校長が言い出したらしく、なんと卒業生全員分の卒業証書を授与している間ずっとBGMを弾くことになった。……なにそれ。言っててわかんなくなった。


お偉いさん達のありがた~いなが~いお話が終わって、出番がやって来た。こっそりとステージの端っこのピアノの前に座り、息を2秒吸って3秒吐く。


「卒業証書授与。3年A組、浅野太郎」

「はい!」


主役はあくまで卒業生たち。出しゃばりすぎないように気を付けながら弾くのは、学校側が指定してきたクラシックの数々。パッヘルベル作曲の『カノン』や、ショパン作曲の『別れの曲』などを違和感なくスムーズに繋げていく。


卒業証書を渡しているのも同じステージ上なので、卒業証書を取りに来る生徒の顔は見ることができるのだ。


一条(いちじょう)陽菜乃(ひなの)、卒業おめでとう」

「ありがとうございます」


ちょうど陽菜乃先輩が卒業証書を校長から受け取った。あ、先輩と目が合った。


『かっこいいよ!』


にっこりと笑いながら、口パクでこう言ってくれた陽菜乃先輩に、俺も口パクで『おめでとうございます』と返す。うん、こうしてピアノを弾いているのも間近で先輩たちを見られて悪くないな。


ステージに上がって卒業証書を取りに来る卒業生の先輩たちは余裕のある笑顔だったり、ド緊張した顔だったり、俺に向かってウインクしたり。ちなみにウインクをお見舞いしてきたのは御手洗(みたらい)先輩だったりする。アイドルみたいに綺麗なウインクと、口パクで


『眠い』


と伝えてきた。やっぱりゆったりしたクラシックを弾くだけじゃつまらないか。少しだけ見える体育館の奥の在校生の席を見ると、何人かはもう夢の中へと旅立っている。


………よし、ちょっと変えよう。


別れの曲を弾きながら、以前聞いた定番の卒業ソングの楽譜を頭の中で組み立てていく。全員が起きるような楽しい曲を弾く気はない。俺がいまから弾こうとしているのは、卒業生の緊張がほぐれるような、身近な曲を聞いて心にゆとりを持てるようなそんな曲だ。


慎重に、違和感がないようにクラシックから定番の卒業ソングに繋げる。お偉いさんたちはまだ気づいていないが、卒業生や在校生たちは気づいたようで、視線がピアノに集まったのを肌で感じた。が、視線はすぐに分散した。


西原(さいばら)天馬(てんま)、卒業おめでとう」

「ありがとうございまっす」


天馬先輩久しぶりに見たな。卒業式だからか前髪をワックスで上げている。俺がやると似合いそうにないが、天馬先輩がやるとロックに見えるのは何故だろう。


『最高にいかしてるぜ!』


て、天馬せんぱ~いっ!!口パクまでかっこいいって何事ですか。


高比良(たかひら)すみれ、卒業おめでとう」

「ありがとう、ございますっ」


すみれ先輩、もう泣いてる…。しかもすみれ先輩につられて周りの女子ももらい泣きしてるし。さすがにこっちは見ないかな、と思っていたが、しっかりと涙目でこちらを見てくれた。


『ハンカチ貸して』


いや無理です。両手は動きっぱなしです。どうしても欲しいなら俺の制服のポケットから勝手に摂ってください。無理ですよね。わかってます。


こうして卒業生全員を見送り、ピアノからそっと手を離す。あとは校歌の伴奏だ。と気を引き締め直したとき、卒業証書を渡し終えた校長が俺にだけ聞こえる声で、ボソッと言った。


「素晴らしい心遣いでした」


それは多分、途中で俺が勝手にクラシックから定番の卒業ソングにBGMを変えたことを言っている。


怒られることを覚悟でやったのに、まさか校長からこんなお言葉をもらえるなんて。


見えていないとわかっていても、校長の背中に頭を下げるのだった。



~執筆中BGM紹介~

1リットルの涙より「3月9日」歌手:レミオロメン様 作詞・作曲:藤巻亮太様

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