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降り積もって



様子のおかしかった香織を追いかけて飛び乗った電車の中で、聞こえてしまった香織の呟き声。


「……こんなの、好きになっちゃうじゃん」


聞き間違えじゃなければ確かにこう言ったはずだ。……でも、好きになっちゃうってことはまだなってないってこと?あれ?あの後たしか香織は「なんでもない」って笑顔で言ってたし。まさか冗談?


球技大会のときといい、今回の件といい、不覚にもドキドキしてしまった。








「ただいま~」

「おかえり夏くん。3人とも大収穫みたいねぇ」


3人ともってことは…


「夏兄おかえり!聞いて聞いて!冬瑚ね、今日いっぱいチョコ貰ったんだよ!」

「そっか~良かったねぇ」

「兄貴、おかえり」

「ただいま、秋人」

「すげ、ワンホールケーキじゃん」

「Luna×Runaの2人からだよ。みんなで食べよう」

「今晩のデザートは確定だな」

「おやつじゃないの~?」

「さっき学校でもらったチョコいっぱい食べてただろ」

「バレてた~」


冬瑚の言葉や言動がだんだんと香苗ちゃんに似てきた。子どもは身近な大人の行動を真似するというが、冬瑚は真似ているというより、無意識でやっているような気がする。


「まるでちっちゃい香苗ちゃんだね」


ソファーに座っていた香苗ちゃんの隣に座り、台所で秋人にじゃれついている可愛い末っ子を見る。


「そうかな〜?でも、そうだと嬉しいな〜」


子どもが大人を真似るのは、そういう大人になりたいという気持ちの現れではないだろうか。冬瑚はきっと、香苗ちゃんのような大人になりたいのだろう。


そして、それを見て優しく微笑む香苗ちゃんは誰がなんと言おうとも、紛れもなく俺たちの親だった。


「ねぇ、夏くん。進路、悩んでるんだって?」


情報源は吉村先生か。じゃなきゃ俺が進路に悩んでることは誰も知らないから。香苗ちゃんと言い、先生と言い、いろんな人に心配かけてるんだな…。


俺が抱えているこのモヤモヤとした悩みを、どう伝えるべきかと考えながらゆっくりと話し出す。


「このまま、サウンドクリエイターとして働き続けるのも魅力的だと思うんです。この仕事にやりがいも感じてますし。でも、」

「でも?」


優しく続きを促してくれる香苗ちゃんにこれを話したら、どう思うだろう。賛成してくれるだろうか、それとも反対されるだろうか。ドキドキしながら、ずっと言えずにいた今後のことを初めて香苗ちゃんに伝える。


「進学してみたいとも思うんです」

「いいじゃん」

「簡単に言わないでください。俺の進学理由はかなり不純なんですから」

「どんな風に不純なのかな?」

「……いろんな人に会ってみたい、っていう動機です」


そんな不純な理由で高い学費のかかる大学に進学しようだなんて。わがままもいいところだ。それなのに。


「いいじゃん。全然不純じゃないよ。不純な動機っていうのはね、例えばたくさん合コンするために大学行きたい!とかそんな動機のことをいうんだよ。たくさんの人に出会いたい、世界を広げたい、これは不純な動機じゃなくて、立派な志望動機だよ」

「そもそも、「これを学びたくてこの大学に入りました!」って奴の方が少ないんじゃないか?」


秋人が冬瑚をおんぶしながらやってきた。いいな、俺にもおんぶさせてくれよ。


「少ないかどうかはわからないけど…。でも、やりたいことを見つけるために大学に行きたいって思う人も結構いるみたいだし。理由なんて人それぞれなんだよ」

「理由は、人それぞれ…」


高尚な動機がなくても、行ってもいい、のか。


「でも、そうなったらサウンドクリエイターは辞めなきゃですよね」

「「「え、なんで???」」」


香苗ちゃん、秋人、冬瑚の3人から同時に心底不思議そうな顔で聞き返された。


「え?だって、どっちも中途半端にはしたくないし」

「いまも高校生活と仕事、どっちも全力で取り組んでるだろ。中途半端にしてないって、僕は知ってる」


最近反抗期ぎみの秋人に真顔でそう言われ、言葉に詰まる。


「私はね、夏くんや秋くんや冬ちゃんに、諦めてほしくないの。なんにでも挑戦してほしいと思ってる。私は子どもたちを全力で応援するって決めてるからね!」


不意に、泣きたくなった。


やりたいことをすべて取り上げられた日々があった。でも今は、やりたいことは手を伸ばせば何にでも届くのだ。そしてそれを全力で応援してくれる人たちがいる。それのなんと幸せなことか。


「俺、こんなにも幸せで、いいのかな」

「いいよ!夏兄は幸せじゃなきゃダメなんだよ!」

「冬瑚…」

「この前読んだ本に書いてあったの!人は不幸の分だけ幸せになれるんだって。だから夏兄はこれからいっぱい幸せにならなきゃいけないんだ」


秋人の背中から降りて、俺の首元にギュゥと抱きついてきた冬瑚の背をぽんぽんと叩く。


「そうだよな。幸せになんなきゃいけないよな」


空っぽだった心に、幸せが降り積もっていく。


「さ、飯にしよーぜ。今夜はビーフシチューだ」


それは静かに積もる粉雪のように。


俺は返せているだろうか。返していけるだろうか。もらった分の幸せを、温もりを、愛情を。


そんな幸せな悩みを抱えながら、テーブルにつくのだった。





・作者からのお知らせ3(言い訳)

Wi-Fiまだ買っておりません!タイミングを図ったかのようにWi-Fiのセールスの電話が来たりしましたが、実物を見て決めたいという思いがありまして。とか色々言い訳してるからいつまでもWi-Fiを買うことができないんですよね。Wi-Fiって叩いたら治らないかなー。

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