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変わらなくても

今回名前が出てくる田中家の兄弟

・長男…田中

・長女…深凪。中3。不登校。

・次女…津麦。小2。

・三男…征義。小2。津麦の双子の弟。

今回名前が出てこないのは次男と四男。





「さっき田中から連絡あってな。来ちゃった」


鈴木たちと近くのファミレスで話していたとき、田中から不安げな声で「来てほしい」と言われたのだ。そして田中の家に着いて早々、電話が鳴ったというわけなのだが。


「どういう状況かな?」


弟が田中の妹と思われる女の子と2人で部屋に入っていたし、俺を見た瞬間にホッとしていたし、田中と冬瑚と津麦(つむぎ)ちゃんは部屋の外でおろおろしていたし。


「とりあえず入ってよ」

「ここは秋人の部屋じゃないだろ。入ってもいいかな?」

「…」


中学生くらいだろうか。長い黒髪でうつむきながら小さく頷いたその子は、何か事情を抱えているのだろうと一目見た瞬間にわかった。


自分の部屋のようにドカッとフローリングに座っている秋人の隣に腰を下ろす。部屋にはパソコンの画面がたくさん並んでいた。ここで田中、というか、俺をよく助けてくれるヒーローみたいな『スノードロップ』が暗躍していたのだろうかと思うと自然と胸が高鳴るが、今は目の前の女の子だ。


「名前は深凪(みなぎ)。中3。声が気持ち悪いって言われて不登校。家族以外とはまともに喋れない」

「お、おい」


なぜ秋人が深凪ちゃんの事情についてそこまで詳しいんだよ。しかもそんなナイーブな情報をゲームキャラの特性みたいに喋るなんて。だんだんと秋人の言動がぶっきらぼうになっていっている気がする…。


「似てると思ったんだ。昔のなんにも話してくれなかった兄貴に」

「昔の俺に…」

「そ。心配かけまいと家族になーんにも言わないところとか。兄弟を悲しませてるところとか。自分一人が耐えていればいいと思ってるところとか」

「うっ!」


グサグサグサッと秋人の言葉が刺さる。いやもうほんとにね。秋人の言う通りだ。


「そういうことだから。僕はチョコ作りの手伝いに戻る」


そろそろ固まったころだし。と言いながら部屋を出て行ってしまった。………弟よ。この状況で初対面の2人を放置するのはいかがなものかと思うわけよ。いや、でも秋人も深凪ちゃんと初対面同士だったはずだよな。それなのにあんなに事情を聞き出すなんて、秋人ってすごいな!うちの弟すごい!


「あ、ああああああああの!お、お兄さんは…」

「そういえば自己紹介がまだだったね。秋人の冬瑚の兄の智夏だよ。深凪ちゃんのお兄さんの友達でー、あと津麦ちゃんのピアノの先生をちょこっとだけ」


こうして振り返ってみると、田中家とかなり密接な関係を築いている。家族ぐるみの仲ってこういうのを言うんだろうか。


「…あの、もしや『しばちゃん』さん?」

「そうだね。田中からはそう呼ばれてる」


兄や妹から俺の名前は聞いていたようで、まったくの他人じゃないことにどこか安心した表情になった…ような気がする。


「本当に、前の自分を見ているみたいだな…」

「し、しししししば(にい)さん!」


田中からは『しばちゃん』と呼ばれ、津麦ちゃんと双子の弟の征義(せいぎ)君からは『しばちゃんお兄ちゃん』と呼ばれ、新たに深凪ちゃんからは『しば兄さん』と呼ばれ…。


「………どうやったら今の自分から変われるのですか?しば兄さんは、どうやって変わったのですか?」

「うーん。…正直よくわからないんだよね」

「へ?」

「俺は半ば強制的に環境が変わったから、自然と自分も変わっていったって感じだと思うんだけど。多分、深凪ちゃんが思うような答えは持ってない」

「そ、んな…」


自分でも悩める若者に対してなんてひどい答えだと思うが、事実、これをきっかけに人生変わった!みたいな出来事はなかったと思う。


「生きていれば、大なり小なり人は変わるものだよ」

「それじゃ意味がないのです…!いま変わらないと!ここで、変わらないと!」


今の自分を全否定して、変わらないとって苦しむ姿は見ていてとても苦しくなってくる。


「変わらなくてもいいんじゃないか?」

「でも、」

「そもそもなんで自分が変わってあげなきゃいけないんだって思わない?変わるなら自分を(しいた)げてきた人たちが変わればいい話であって、なんで迷惑を被った自分が変わってあげなきゃいけないのか…ってまぁ、性格の悪い俺は思うわけですよ」

「…」


父親や、学校で悪意に晒されて、たくさん傷ついてきて。俺のせいで~とか、俺一人の問題だ~とか思っていた。


「今までの”自分”を否定しなくてもいいんだよ」


目の前の震える女の子の頭をそっと撫でる。


俺はいろんな人に大事にされて、初めて自分は大事な存在なんだと気付けた。前の自分と今の自分で何が違うかと聞かれれば、自己肯定感が芽生えたことだろうか。


「……だって…これ以上、家族を……悲しませたく…ない」


深凪ちゃんの目からぽろぽろと涙が零れていく。そんな彼女の頭を撫でながら、もしもの話をしていく。


「例えば、明日から深凪ちゃんが学校に行ったとして、それで家族が心から喜ぶわけじゃない。きっとすごく心配すると思う。無理してないか、とかツラい思いをしてないか、とか」

「…うん」

「それで、ガラッと変わった深凪ちゃんを見て、悲しむ……かもしれない」


俺は田中家の人じゃないからわからないけれど。俺がもし田中の立場だったら悲しい。生まれたときから見てきた妹が突然、自分を押し殺して変わったら。無理して笑っていたら。


「そもそも、変わらなきゃっていうけど、声は変えられないだろ?」

「……声、だけじゃないと思うのです。きっかけが、声、だっただけで……でも、しば兄さんの言う通り。なんで自分が変わってあげなきゃいけないんだって、腹が立ってきたのです!」


出会ったときとは違って、力強く立ち上がり、怒りに燃えている深凪ちゃんからは生命力が溢れている。


「おーおー、なんかやる気になってんじゃん」

「秋人君!我は明日から学校に行くのです!」

「まじで?じゃあこれ」

「?」


秋人が何かが書かれたメモを深凪ちゃんに渡した。その中身を読んでいた深凪ちゃんが驚きの声を上げる。


「こ、これは…!奴らの弱点!」

「必要だったら使いなよ」

「秋人、そんな情報を一体どこで…」

「あ~。秘密」


俺の弟は一体何者なのでしょうか。他人の弱点をこの短時間で把握するとは。秘密、と言って綺麗に笑う秋人が怖くて聞けない。


「もしなんかあったら、僕のとこに来たらいい。ほら、あのー避難所的な?そんな感じ」

「これはもしやツンデレというやつですかな?」

「うちの弟は可愛いんだよ」

「そこ!余計なこと言わない!」


……ていうか、秋人と深凪ちゃんって同じ中学だったのか。



~執筆中BGM紹介~

はんだくんより「HIDE-AND-SEEK」歌手・作詞:鈴村健一様 作曲:宮崎誠様

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