ずっと妹みたいに思ってた
本作の第一話が2020/07/06に投稿されているので実は一周年。読者の皆様のおかげです!ありがとう愛してるー!
2月13日の放課後。
愛羽カンナは学校帰りにチョコレート専門店に立ち寄っていた。
「予約していた愛羽です」
「はい、愛羽様ですね。お待ちしておりました」
店頭にいた店員に慣れた口調で話しかけるカンナ。バックヤードから戻ってきた店員が持ってきたのは段ボール箱。
「ご注文の品です」
「ありがとうございます」
カンナが段ボール箱で買ったのは、既製品のチョコ。声優関係者と学校の友人と親衛隊のメンバーたちにあげるための大量のバレンタインチョコが入っているのだ。
段ボール箱を受け取って、近くの駐車場で待っていてくれたマネージャーの車に慎重に段ボール箱を乗せる。
「カンナって手作りチョコ作りそうなイメージだったよ」
なんか意外、と最近代わったマネージャーから言われたカンナは眉を寄せた。
「しょうがないじゃない。私が作るよりお店で売っているチョコの方が美味しいんだもん!」
外ではキリッとクールキャラの猫を被っていたカンナだが、車内に入った途端に被っていた猫が脱走して、本来の元気娘が顔を出した。
「でもやっぱり手作りの方が気持ちがこもってる~って感じがしません?」
「そうかな?」
確かに手作りの方が手間はかかっているが、気持ちがこもっているかはわからない。結局はチョコよりもチョコを渡す人がどう思っているか、で気持ちがこもるかどうかが決まるんじゃないの?
と思ったが、これはあくまでカンナ自身の考え方。マネージャーの考え方を否定する気もない。
「手作りしない代わりにっていうか……一人一人にメッセージカードを添える予定なの」
「一人一人にですか!?」
段ボールいっぱいに入ったチョコ。その一箱ずつにメッセージカードを添えるとなれば結構な大仕事である。しかも一人一人に、ということは一人ずつメッセージも変えて書くということ。
「もうだいたい書き終わってるけど、これが結構楽しかったんだ~」
「へぇ~。なんか、カンナさんのファンが一度ついたら離れない理由がわかったような気がします」
「気がするだけ?」
「……よし、出発しますか」
「ねぇ、ねぇってばー」
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花村香織は自宅の台所でオーブンレンジを睨んでいた。正確に言うと、オーブンレンジの中で膨らんでいるチョコマフィンを穴が開くほど見ていた。
「ちゃんと膨らんでる、よね?」
今は家に誰もいないため、応えてくれる声はない。香織もそれはわかっているのだが、声に出さずにはいられないほどに不安だったのだ。
なにせ2回失敗した後の3回目だ。
冷や汗も握るというもの。もう材料も残ってないからこれがラストチャンス。
「お願い!どうか無事で…!」
手術かな?…いやいや、これはお菓子作りです。
「んんんー!頑張れー!」
運動会かな?…いえいえ、これはお菓子作りです。
ピーンポーン
「今度こそは…!」
ピンピピピピピピピポンピンポーン
インターホンを連打する人にろくな人はいない。早々に居留守を使うことにしたのだが。
『香織~』
扉の向こうから名前を呼ぶ声が聞こえたが、居ないふりを…
『香織丸~いるんだろー』
「誰が香織丸じゃい!」
バーン!と玄関のドアを開けてバレンタイン前日のこの忙しいときに訪問してくる非常識人に抗議する。
「やっぱいた~。なんで無視するんだよ香織丸~」
「香織丸って呼ばないでって言ってるでしょ!」
「ごめんって香織丸~」
全然改める気のない様子で笑う彼は、香織の幼馴染の横浜真澄である。
「それで、真澄君は何の用で来たのかな?」
腕を組んで、いかにも怒ってます、というポーズをとる香織。彼女が異性を名前で呼ぶのは、智夏と真澄の2人だけ。
「チョコくれよ~」
「真澄君ももう大学生なんだから彼女からもらいなよ」
「彼女がいたら香織丸のとこなんて来ませ~ん」
「はぁ……可哀そうだから失敗作をあげるよ」
「え、いいの?」
「欲しいって言ったのは真澄君なのにどうして疑うの?」
後で自分で食べようと思っていた、失敗して焦げてしまったチョコマフィンを持ってくる。
「ちょっと焦げてんな」
「嫌なら食べなくていいですよーだ」
真澄の前に置いたマフィンを取り上げようとしたら、横から奪い取られてしまった。
「イエ、ヨロコンデタベマス!」
もぐもぐと頬張る姿はリスのようだが、大学でフットサルをやっているだけあって図体はデカい。
「なぁ、香織」
「な~に?」
再びオーブンレンジの中の様子を見ていた香織を真澄が呼んだ。
「好きな奴でもいんのか?」
「………うん」
「そっか」
香織が失敗作だと言っていたものは実際にはそこまで焦げているわけではなく、十分に美味しく食べられるものだった。それでも香織が納得できずに3回も作っている理由。
「ずっと子供だと思ってたんだけどな」
「え?何か言った?」
「俺も頑張ろうかな~」
「へ?何の話?」
「なんでもなーい」
ずっと妹みたいに思ってたのに。いつからかすっかり大人の女性に見えてきて。自分の感情にもごまかしがきかなくなってきた。
「なぁ~もっと食べていいか?」
「どうぞ~」
香織から本命チョコをもらう男に敵対心を燃やしながらちょっと不格好なチョコマフィンを頬張るのだった。
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敵対心を向けられていることなど露知らず、智夏は鈴木と井村と玉谷の男4人でコーヒーショップにいた。
「どうしたら彼女ってできるんですかね?」
「教えてくださいよ、井村先生」
鈴木と玉谷にすがられた、彼女持ちの井村が菩薩のような顔で言った。
「流れに身を任せるのです」
「参考にならねー」
「流れはどう引き寄せるんだ?」
早々に諦めた鈴木と、真面目に教えを乞う玉谷。
「そもそも玉谷も彼女いたもんな~」
過去形なのがなんとも言えないが。
「彼女いない者同士、仲良くやろうな。御子柴」
「んんっ」
彩歌さんと付き合っていることは秘密にしているので、鈴木は俺に彼女がいることを知らない。
「俺に彼女ができても恨むなよ」
「あ、あぁ。鈴木もな」
これ、後でバレたら恨まれるやつだ…。
~執筆中BGM紹介~
君に届けより「きみにとどけ」歌手・作詞・作曲:タニザワトモフミ様




